「僕はやさしい人間です」と答える殺人少年…児童精神科医が指摘、“境界知能”の子供たちが非行に走る理由

社会

2019/9/3

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治/新潮社)

 読者は非行少年(少女)に対してどんなイメージを持っているだろう。恐ろしいのは間違いないが、もっと彼らの内側の部分、たとえば「なぜ非行を繰り返しているのか?」という疑問を持ったことはないだろうか。

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治/新潮社)を読めば、彼らへの見方が一変するかもしれない。それだけ衝撃的な内容がここに書かれていた。著者は児童精神科医の宮口幸治さん。「この本を政治家や教育関係者、すべての親御さんに配って、どう対処すべきか日本中で考えてほしい」。本書を読み終えた私はそんな感想しか出てこない。ページをめくるたびに何度も言葉にならないため息がこぼれた。読み進めようとする手は、たびたび止まった。

■世の中のこと全てが歪んで見えている可能性がある

 とても当たり前だが、私たちは目で見て、耳で聞いて、物事をしっかりと理解して、ときに未来を予測して、行動している。これは認知というやつだ。目の前の物事をしっかり認知して理解して行動するから生活が成り立つ。

 しかし、この認知が弱ければどうなるだろう? 目の前のものを見る力がほかの人より弱くて、誰かの言葉を聞き取るのが苦手で、頭で深く「う~ん」と考えるのが得意じゃなければ…途端に生活が厳しくなる。日常が生きづらいものになる。

 たとえばそんな子どもたちは学校の勉強についていけるだろうか? 一般的な友達付き合いができるだろうか? もしできなければ、誰が助けてくれるのだろうか? 成人に満たない彼らに、どんな選択肢があっただろうか?

 著者の宮口さんは、医療少年院で非行少年たちと長く接してきた。そこで衝撃的な体験をする。あるとき少年に複雑な図形を模写させる機会があった。そこで彼が描いたのは、図と似ても似つかぬもの。別の少年には、ケーキのまるい円を描いて「どうすれば3人で分けることができる?」と問題を出してみた。ケーキを3等分するだけ。小学生でも解ける。しかしその少年は「う~ん」と悩みながらケーキを縦に切り、再び深く悩んだ。もう一度問題を出し直しても、同じことを繰り返した。結局この少年は、ケーキを3等分できなかった。

“世の中のこと全てが歪んで見えている可能性がある”

 宮口さんはそう悟ったそうだ。問題は、医療少年院にいる彼らがただの非行少年じゃないこと。強盗、強姦、殺人事件などを起こした中学生・高校生だ。そんな彼らに、簡単な足し算引き算、漢字の読み取り、図形模写、短い文章の復唱などができないケースが目立った。

 非行少年は、心の問題をこじらせて凶悪犯罪に走ったとはかぎらない。生活に支障の出る軽度な知的障害「境界知能」が非行を起こさせている可能性がある。

■「反省する」以前の問題で被害者や遺族が浮かばれない

 医療少年院では少年たちに更生を促す面接を行う。宮口さんはあるとき殺人を犯した少年と面接した。「自分はどんな人間だと思うか?」と聞いてみると、彼はこう答えた。「僕はやさしい人間です」。すべての読者が、この場面で目を見張るだろう。天を仰ぐかもしれない。

 宮口さんが、どんなところがやさしいのか続けて聞くと、「子どもやお年寄りにやさしい」とか「友達からやさしいと言われた」と少年は答える。そこでさらに「でも君は○○をして人が亡くなったよね? あれは殺人だけど、それでもやさしいの?」と聞くと、そこで少年は初めて「あー、やさしくないです」と返したそうだ。

“そこまで言わないと気づかない”。本書に記された言葉に、文字を追い続けた私は愕然とした。彼らには、自分の行ったことを理解し、反省し、葛藤し、これからどうするかを思い悩みながら答えを出す「力」がないのだ。「反省する」以前の問題だ。これでは被害者や遺族が浮かばれない。

■非行少年の多くが“後先を考える力”に乏しい

 しかし非行少年だけを責めることもできない。許されない行為を犯したが、ある意味で彼らも被害者だからだ。宮口さんによると、非行少年には以下の共通点があるという。

・認知機能の弱さ……見たり聞いたり想像する力が弱い
・感情統制の弱さ……感情をコントロールするのが苦手。すぐにキレる
・融通の利かなさ……何でも思いつきでやってしまう。予想外のことに弱い
・不適切な自己評価……自分の問題点が分からない。自信があり過ぎる、なさ過ぎる
・対人スキルの乏しさ……人とのコミュニケーションが苦手

 これに加えてもう1つ、「身体的不器用さ……力加減ができない、体の使い方が不器用」があるそうだ。このような問題があると、当然学校生活に支障が出る。そこで適切な支援が受けられないと、イジメに遭ったり、先生から「単なる問題児」として扱われたりと、非行に走るきっかけが生じる。彼らは想像を絶するストレスを溜めこんでいることが多いのだ。

 宮口さんによると、非行少年の多くが“後先を考える力”が乏しいそうだ。つまり感情に任せた衝動的な行動が出やすい。誰からも理解されず、支援も受けられず、想像を絶するストレスを溜めこんだ彼らは、感情に任せてどんな行動に走るだろう。怒りに任せてイジメてきた相手を殺すかもしれない。お金が欲しくなって凶悪な強盗をするかもしれない。性行為がしたくで幼い少女に手を出すかもしれない。

 では、どうするべきだろう? どうすれば非行少年という被害者を生まず、その被害者が加害者になって、別の被害者を生む構図を打ち砕けるだろうか?

■非行少年は「忘れられた人々」「気づかれない子どもたち」

 本書の衝撃的な内容は続く。まだまだ続く。このあと宮口さんは、子どもたちを非行少年にしない「1日5分で日本を変えるメソッド」を解説している。その内容を読む限り、解決策として有効であるように感じた。しかしそれは、この問題に気づいた学校現場でしか行われないだろう。まずは日本全体に非行少年の本質的な問題を周知しなければならない。

「境界知能」は軽度の知的障害であるため、それほど問題視されない場合がある。しかし言い換えると、適切な支援が受けにくかったり、誰にも気づかれず健常者として扱われ、生きづらい日々を無理やり過ごすことになったりする可能性も秘めている。非行少年は、単なる問題児じゃない。本書に記された「忘れられた人々」「気づかれない子どもたち」という表現が嫌でも目に焼きついた。

 私たちは「忘れられた人々」に気づかなければならない。非行少年に対する一面的なイメージにメスを入れ、「気づかれない子どもたち」をしっかり見つめる社会をつくる必要がある。まだ非行に走る前の、「ケーキの切れない少年たち」をどうすれば救えるだろうか。

文=いのうえゆきひろ