怖いけれど、切なくて泣ける。現役ナースが体験した、病院の怖い話『ナースゆつきの怪奇な日常』

マンガ

更新日:2019/9/14

『ナースゆつきの怪奇な日常』(ゆつき:作、葉来緑:画/飛鳥新社)

 生と死が隣り合わせになっている場所――。と耳にすれば、誰もが“怪奇スポット”のような恐ろしい場所を想像するだろう。でも、それはもっと身近なところに存在している。それは、“病院”だ。

 誰かが新しい命を出産し、また誰かが生涯の幕を閉じる。そんな病院につきものなのが、“怖い話”だ。誰もいないはずの病室からナースコールが鳴る、霊安室から声が聞こえる…。死が身近に感じられる場所だからこそ、そういった怪談が生まれては消え、また新しく生まれる。でも、実際はどうなのか。

『ナースゆつきの怪奇な日常』(ゆつき:作、葉来緑:画/飛鳥新社)は、病院にまつわる怪談を詰め込んだコミックエッセイだ。しかも、ここに描かれているものはすべて実話。それもそのはず、原作者である〈ゆつき〉さんは、経験16年目を迎える現役ナースなのだ。患者さんの身元がわからないよう、多少の脚色はされているものの、どれもこれも実際に起きた話だという。

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 ただし、〈ゆつき〉さんの体験は、必ずしも恐ろしいものばかりではない。いや、むしろその逆。切なかったり哀しかったり、怖いけれど怖くないのだ。

 たとえば、8年前に死亡退院したはずの患者さんの姿が、いまだに見えるという噂について。なにも知らない入院患者さんは恐怖に震え、病室を変えてほしいと訴えかける。もしかして、その幽霊は地縛霊になり、病院に留まっているのではないか。そう考えた〈ゆつき〉さんは、その亡くなった患者さんについて調べることに。すると明らかになったのは、家族からも見捨てられ、どこにも行き場がない患者さんだったという哀しい過去だった。

 そして、〈ゆつき〉さんは、その体験を通し、入院患者さんと家族との関係性にも目を向けるようになる。

 本作に収められているのは怪談ではあるものの、それを通して、〈ゆつき〉さんや他のナース、患者さんの家族などが成長していく姿も描かれている。そこが他の怪談モノとの違いかもしれない。そして、ぼくたち読者は、あらためて生きることについて考えさせられる。死の間際までどう生きるのか、どんな最期を迎えるのか、残された者たちはそれをどう受け止めればいいのか。いくつもの死を見つめてきた〈ゆつき〉さんの言葉は、いまを生きるぼくたちの胸に深く突き刺さる。

 また、絵柄がとてもポップなのも特徴的だろう。おどろおどろしさはなく、可愛らしいキャラクターたちがちょこまかと動いている。そんな作画を担当する葉来緑さんは、〈ゆつき〉さんのパートナー。夫婦で力を合わせ、本作を生み出したそうだ。Twitterにある〈ゆつき〉さんのアカウントには、「漫画家の夫を応援することが生きがいです」というコメントも。それだけでほっこりする人柄がうかがい知れる。これもまた、〈ゆつき〉さんの魅力かもしれない。

 夏も終わりを迎えるこのタイミングで、一風変わったホラーを求めている人は、ぜひ本作を読んでみてもらいたい。背筋が凍る、というよりは、心がじんわりと温かくなるという不思議な読後感を味わえるだろうから。

文=五十嵐 大