仕事もやめず、同居もせず、立て続けに認知症になった義両親の介護はできるのか?

暮らし

2019/9/13

『子育てとばして介護かよ』(島影真奈美/KADOKAWA)

 晩婚化・未婚化が進む昨今、『子育てとばして介護かよ』(島影真奈美/KADOKAWA)というタイトルは多くの人にとって他人事ではない。31歳で結婚した著者は、33歳で出産という目標を立ててはいたものの、夫婦ともに仕事がいそがしく、充実した毎日を送るうちあっというまに40代。そろそろリミットが……と焦りはじめたところで義母に認知症の疑いが。しかもどうやら義父もあやしい! ギリギリまで動かない夫を今回ばかりは待っていられず、義姉も口は出すが頼りにならず。いつのまにか介護の“キーパーソン”をつとめることに……という、本当に、どこの家庭で起きてもおかしくない状況を綴ったエッセイだ。

 始まりは義母の言い出した「二階に勝手に住み着いた女」の話。ものがなくなる、というおそらくは健康な義母にとっては納得できないことを、架空の女を存在させることで無意識に辻褄合わせしていたのだろう。その言い分をすべて受け入れ、信じていた義父もまた、義母ほどではないが認知症が進行していた。病院に行きたがらない義両親を、著者が苛立つことなく、責めることなく、自然と誘導する手腕は見事である。編集&ライターの経験で培った“インタビュー力”のおかげなのだろうと思うが、似た仕事をしている自分が同じことをできるとはとても思えない。夫に口出しするタイミングの見極め方や、先んじて動くときの決断力、そのときに必要な根回しなど、読めば読むほど、著者の聡明さに唸ってしまった。

 介護に必要な手続きといった事務的な情報はもちろんだが、個人的に本書でいちばん勉強になったのは「ああ、こういう言い方をすればいいのか」という技術や心構えだ。たとえば、自分は認知症じゃない、大丈夫だ、と言い張る義父に「認知症じゃないというお墨付きをもらいましょう」と受診を提案したり、義父以上に病人扱いされることに敏感な義母の好奇心をくすぐるような言い方で誘導したり。それだけ気がまわる人だからこそ、ひとりで抱え込みすぎたり、誰かに頼ることができなかったりと、追い詰められていく様子が書かれているし、著者でさえ心がくじけたお役所の対応に看護師さんが「こう聞くとNOとしか言われませんが、かわりにこういう質問の仕方をするといいですよ」と教えてくれるのもまた、頼もしい。

 著者はとても聡明で、まじめで、そして優しい(だからときどき読みながら「誰の親か!」と夫や義姉に他人事ながら腹も立つ)。そういう人にいちばん必要なのは「どうしてもやらなければいけないこと」と「手放していいこと」の見極めだ。著者は、仕事をやめず、大学院も通い続け、同居する道も選ばなかった。自分の生活をちゃんと守った。それはとても大切なことなのだと思う。

 介護は事務的な大変さにくわえて、世話される側のプライドにも配慮しなければならない(相手を尊重する、という以上に、そうしなければ話がちっとも進まない)。言うことを聞いてくれなかったとき、行き詰まったときに、どう発想を転換すればいいのか――本書で語られる著者の経験はきっと、いま介護に苦しむ人もこれから直面する人も救ってくれるものだと思う。

文=立花もも