インスタ映えする北朝鮮!? 観光で年間46億円を稼ぐ国

社会

公開日:2019/9/19

『北朝鮮と観光』(礒﨑敦仁/毎日新聞出版)

 日本政府が渡航自粛勧告を出している北朝鮮。それでも北朝鮮ウォッチャーや秘境マニアたちはこの国に足を運ぶ。個人ブログによる北朝鮮旅行記は数多あるが、驚く事に旅行クチコミサイト「フォートラベル」にも2019年5月末現在で240件の北朝鮮旅行記が掲載されている。日本からの訪問者数も拉致問題の影響で一時は年間50〜60人程度だったが、米朝首脳会談が開催された2018年は300人以上が訪朝した。

 好奇心旺盛な、いわゆる「モノ好き」が行くイメージの北朝鮮観光だが、実は北朝鮮ではツアーガイドを育成する大学が存在するほど昔から観光に力を入れている。それは「体制宣伝」と「外貨獲得」の為だ。

 日本人観光客が受け入れられるようになったのは今から32年前の1987年。1990年代半ばは誰もが知る大手旅行会社が北朝鮮ツアーを主催し、名古屋や新潟から平壌への直行チャーター便が飛び、年間3000人以上の日本人が観光で北朝鮮を訪れる時期もあった。

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 金正恩政権も観光業への関心が強く、最近では温泉の開発に熱い「指導」を入れたり、ある旅行会社では「インスタ映えする平壌・板門店」とモデルコースを表現するなど、観光客誘致にSNSを積極的に活用する姿勢だ。北朝鮮は観光産業により年間4400万ドル(約46億5500万円)を稼いでいると推算されている。

 こうした北朝鮮の観光という観点から金正恩政権の実態と思惑を、北朝鮮事情に詳しい慶應大学准教授が読み解くのが本書『北朝鮮と観光』(礒﨑敦仁/毎日新聞出版)だ。

 北朝鮮を訪れた人たちはどんな観光をするのか。北朝鮮観光では個人行動が許されず、決められたコースを案内員と共に回るのは有名な話だが、北朝鮮の観光は思っていたより多様化している。

 半世紀前の航空機に試乗できる「飛行機愛好家観光」、サッカー、バスケットボール、テコンドーなどのプロ選手と対戦や練習ができる「スポーツ交流」、食事やショッピングでは北朝鮮初のハンバーガーショップや船上レストランもオープンした(ただしレストラン訪問は2人の案内人と運転手も同行するので、計3人分おごらなくてはならない)。

 またニュースでよく見る「大マスゲーム」目当ての観光客も多く、昨年建国70周年を記念して行われた大マスゲームの外国人向け料金は一番安い3等席で100ユーロ(約1万1750円)、限定30シートの特等席に至っては800ユーロ(約9万4000円)とかなり強気の価格設定。相撲の升席のようなものだろうか。一体どんな職種の人たちが座るのだろうか…。

 滞在時のネット事情も他の海外旅行とは訳が違うが、意外なことに携帯電話とパソコンの持ち込みは2013年に解禁されている。もちろん国際ローミングは不可能だが、平壌空港ではSIMカードが一枚200ユーロ程度(約2万3500円)で販売されており、それを使用すれば携帯でネットに繋ぐことができる。ちなみに渡航先にもよるが他の海外の国でSIMカードを調達した場合、200MBで約2000円が相場だ。北朝鮮SIMの容量は不明だが、高いことに違いはない。北朝鮮観光は何かとお金がかかるのだ。

 そうは言ってもハンバーガーショップの存在やネットが使えることなどは、北朝鮮にしては「ゆるい」という印象を受けるが…油断は禁物だ。相変わらず持ち込み禁止物は多い。雑誌や新聞は必ず検閲を受けることとなる。「退廃的で色情的で醜雑な内容を反映した絵、写真、図書、録画物と電子媒体のようなものを許可なく外国から持ち込むと1年以下の労働鍛錬刑となる。意外なところでは欧米人は聖書の持ち込みを禁止されている。規約を破り拘束される観光客がいることも忘れてはならない。

 さて、この本を読み進める上でぜひ知っておきたいのが「日本以外の国」の北朝鮮への考え方だ。北朝鮮と言えば「経済制裁で孤立している国」と言うのが大方の日本人の印象だが、米朝首脳会談が実現した後の2018年7月、8月は“友好ムード”で外国人の一日の平均入国者数が1800人を上回り、北朝鮮の受け入れ能力を上回る結果となり、2019年3月には一日1000人に制限すると決められた。国連加盟国193カ国のうち北朝鮮と国交を結んでいる国は実は160カ国に上る。ごく一部を除き北朝鮮観光など考えたこともない日本人からすれば「なぜ??」ととても不思議に感じるが、その理由は「北朝鮮のイメージが世界共通ではない」からだ。

 同じ核保有国である北朝鮮とインドを比較すると見えてくる。インドも北朝鮮と同様、周辺国の反対を押し切って核やミサイル実験を行ってきたが、インドの核実験は北朝鮮ほどニュースにならない。なぜ反応がこうも異なるのかと言うと、それはインドが日本と友好関係にあるからだ。

 インドの核ミサイルが日本を狙って発射されると考える日本人はまずいない。インドの核開発が日本人にとっても大きな問題として認識されないように、北朝鮮の問題は遠く離れた欧州諸国の多くの人々は拉致・核・ミサイルといった北朝鮮へのマイナスイメージを持たないことが理由として挙げられる。北朝鮮問題を考えるには「地球儀を俯瞰する」視点が必要、と著者は訴える。

 謎だらけの国・北朝鮮。「観光」という対外的な分野であったからこそ、膨大な資料を基に本書が執筆できたと著者は語っている。本書を読みつつ、後から個人の北朝鮮訪問ブログを読むと何かと興味深い。個人の視点と大きな流れ、両方を知ることで「俯瞰」のバランスが養えるような気がする。

文=線