「俺はチロに看取ってもらいたいんだよ」犬猫と“老春”を過ごせる特別養護老人ホームで起きた奇跡

暮らし

2019/10/14

『看取り犬 文福の奇跡』(若山三千彦/東邦出版)

 犬や猫には人の心を癒す力がある。人の感情を読み取って、嬉しいときは一緒にはしゃぎ回り、辛いときはそっと寄り添って頭を寄せてくる。それに気づいて私たちは、手を伸ばす。ただ、撫でるだけ。小さな体を抱きしめるだけ。それだけなのに、なぜか心が温かくなる。犬や猫には科学じゃ証明できない不思議な力があるはずだ。

 神奈川県横須賀市に少し変わった特別養護老人ホームがある。犬や猫と一緒に“老春”を過ごせる「さくらの里山科」だ。この施設では動物愛護団体から保護された犬猫が共に暮らしていて、入居者が望めば自宅で飼っていたペットを連れてきて一緒に生活できる。

「さくらの里山科」では、愛と優しさに満ちた不思議なことがたくさん起きていた。それを小説仕立てに、15のストーリーにして収めたのが、『看取り犬 文福の奇跡』(若山三千彦/東邦出版)だ。私自身が犬好きということもあってか、読み進めるほど目に涙がじんわりとにじんだ。これを感動と呼ぶのだろうか。奇跡と呼ぶのだろうか。言葉で表現しようとするほど陳腐になる。

 本書には、それぞれドラマを抱えた入居者や犬猫が登場する。たとえば施設に入居した時点で余命3カ月の末期がんにかかった伊藤さん。本来ならば延命治療をするはずだが、伊藤さんはすべてを捨てて、愛犬チロと過ごす生活を選んだ。

 がんに体力を奪われ、だんだん体が動かなくなる。それでも伊藤さんはチロとの散歩を欠かさなかった。どんなに時間がかかっても、どれだけ足が前に進まなくても、必ず一緒に歩いた。一瞬でも長く命を燃やすため食事も懸命に食べた。

「チロと少しでも長く一緒にいられるよう頑張るぞ」

 この言葉を理解するかのように、チロも毎晩一緒のベッドで寝て、散歩に出かけて、一緒にくつろいで、仲睦まじい時間を過ごした。入居した時点での余命は3カ月。しかし伊藤さんはチロのために春を越え、夏を越え、入居10カ月目を迎えられた。小さな命が大きな力を与えたのだ。

 ところが10カ月目を迎えて、ついに伊藤さんの体力がガクッと落ちる。寝たきりになってしまった。ベッドの上にはチロが寄り添う。伊藤さんが微笑みながら震える手で小さな体を撫でる。

「俺は、チロに看取ってもらいたいんだよ」。生前にそんな願いを口にした伊藤さんは、枕元に座ったチロに優しくなめられながら、「……チロ……」という言葉を残して旅立った。

 高齢者がイキイキと残りの人生を楽しむことを「老春」という。伊藤さんとチロは、残されたわずかな老春を一気に駆け抜けた。これを奇跡と言わず、どう表現しよう。

「さくらの里山科」ではこんな奇跡がいつくも起きた。日常生活が難しくなるほど難病が進行し、一時的に有料老人ホームに入って、愛犬ナナと会えなくなった渡辺さん。歩行も困難な状態だったが、施設でナナと涙の再会。希望と活力を取り戻してリハビリに励み、再び歩けるようになった。

 認知症による幻覚と不安症で夜も眠れなかった山田さん。あるとき施設で、虐待を受けていたテンカン発作の持病を持つ保護犬アラシと出会う。やがて2人はどんなときも一緒に過ごすようになり、それにつれ山田さんは夜を眠れるようになった。多臓器不全でアラシが先に旅立った後も、「アラシが守ってくれる」という笑顔を浮かべて、山田さんは夜を眠ることができた。

 犬や猫には人の心を癒す力がある。アニマルセラピーの効果だと指摘する人もいるだろう。しかし本書を読んだ私には、もっと大きな力が働いているように感じてならない。もっと温かくて優しくて、抱きしめて離せなくなるような、一生見つめていたい力だ。

 その最たる例が、本書のタイトルにもなった柴犬の文福。このストーリーはぜひ読者に読んでほしい。だからちょっとだけ紹介するに留めたい。驚くべきことに文福には、入居者の最期を察知する力がある。そしてベッドから旅立つ彼らのため、最期まで一緒に傍にいて“看取る”のだ。文福が起こした2つの奇跡は、きっと涙なしで読めない。

 世界中のペット愛好家の間で広く知られる伝説がある。「虹の橋」だ。亡くなったペットたちは、天国の手前にある虹の橋で楽しく過ごしながら、大好きな飼い主との再会を待つ、という伝説だ。

 本書を読むと感じる。きっと「さくらの里山科」から旅立った人々も虹の橋で待っているのではないか。人も犬猫も関係ない。大好きだった名前を呼びながら、みんなで仲良く首を長くして待っているはずだ。そんな気持ちになる。そう信じていいと思う。私だけかな?

 科学じゃ証明できない、言葉にならない奇跡が横須賀の施設で起きている。今までも、これからも。ずっと、ずっと。

文=いのうえゆきひろ