“好き”を仕事にしたら毎日が幸せってほんと? 笑いと元気をもらえるお仕事小説『店長がバカすぎて』

文芸・カルチャー

2019/11/4

『店長がバカすぎて』(早見和真/角川春樹事務所)

 家にいながらインターネットでなんでも購入できるようになっても、本は書店に行って買うようにしている。欲しい本を買うだけならオンライン書店でも良いのだが、あらかじめそれが決まっていることはほとんどない。あらゆる本がそろうオンライン書店より、ある程度本が厳選されている店舗のほうが選びやすいと感じるのだ。平台に並べられている本やPOPなどに各店舗の個性が表れていて、それを参考に選ぶことが多い。

 今回取り上げる『店長がバカすぎて』(早見和真/角川春樹事務所)は、書店で働く契約社員の女性が主人公の物語。大好きな本に囲まれて毎日楽しく働いているのかと思いきや、結構苦労も多いようだ。

 物語は主人公の谷原京子がイライラしているところから始まる。その原因は本作のタイトルからも察せられる通り、店長だ。忙しい朝の時間、店長は必ず朝礼を行う。従業員の気合が入るような話をしてくれるのならありがたいのだが、残念ながら彼が話す内容にはほとんど意味がない。

 朝から最悪な気分で仕事をスタートさせた京子。そんな彼女の心を、先輩社員の小柳さんが落ち着かせてくれる。これまでに何回も店を辞めようとしたにもかかわらず、京子が今も書店員をやっているのは、小柳さんに説得されたからにほかならない。しかしその日の夜、京子は小柳さんから「店を辞める」と告げられて…。唯一の理解者を失った京子は、ついに店を辞めてしまうのだろうか。

 この作品はコメディーの要素が強い。特におもしろいと感じたのは、店長のキャラクターだ。「私は何もかもお見通しです」みたいな顔をしてこちらの話を制してくるが、その後の店長の行動はかなり的外れ。自分のせいで従業員がイライラしていることにまったく気づかないほど鈍感で空気が読めず、さらに周囲の人間をイラつかせる。こういう人いるいる、とつい思ってしまった。決して嫌なやつというわけではなく、「おバカ」と表現したくなるような、完全には嫌いになれないタイプだ。直接関わっている人からすれば腹立たしいと感じることでも、第三者にとってはおもしろいと感じてしまうものだと思う。

 基本的には店長のことをウザいと思っている京子にも、ときどき「さすが店長!」とでも言いたくなるときがあるのだが、のちに盛大に裏切られ、「信じた私がバカだった」状態に陥る。店長に振り回されて期待と失望を繰り返す京子には同情したくなった。

 また本作には、全国各地の書店員から、描写がリアル過ぎるとして驚きと感動の声が寄せられている。京子の奮闘を通して、書店員の仕事がリアルに描かれているのも本作の魅力だ。売りたい本が入ってこなかったり、新作のゲラを読んだところまったくおもしろくなくて推薦の仕方に悩んだりと、今まで知らなかった書店員の苦労を垣間見ることができる。

 もちろん、働く京子の姿に共感できるのは書店員に限らない。話がまったく通じない店長、憧れの先輩の退職、気の強い後輩、理不尽な客に不遜な態度の取引先など、職場のやっかいな人間関係とそれに伴うストレスは、ほかの業界でも通じるところがあるのではないだろうか。本作では、それらのストレスが京子の目線でリアルに描かれている。京子自身も特別な人間ではなく、薄給に悩むアラサーの契約社員というどこにでもいそうな人間なので、読んでいる人の多くが自分の物語のように感じられるはずだ。

 そんな京子は、作中で何度も店を辞めようと思うも、なかなか辞められずにいる。彼女のように、仕事を辞めたいと思う状態がずるずる続いている人もいるだろう。では、口では辞めると言いながらも仕事を続けてしまうのはどうしてなのか。書店員に限らず、その正体は本作を読めばわかるはずだ。そして、最終的に京子はとある出来事に救われることになる。コメディーだけでなくミステリーの要素も持つ本作のラストには、驚きの展開が待っている。

 数々のストレスにうんざりしながらも仕事を頑張る私たちを応援してくれる物語。本が好きな人や仕事にストレスを抱えている人におすすめの1冊だ。これを読めば、笑いと感動、そして苦しい現実を乗り越えるための元気を得られるだろう。

文=かなづち