大河ドラマの主人公・明智光秀や渋沢栄一の素顔も暴露! 東大教授が教える“偉人たちのホントの評価”

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2019/12/10

『学校で教えない 日本史人物ホントの評価』(山本博文:監修/実業之日本社)

 日本の歴史上の偉人が成した偉業や大まかな人物像は、日本史の授業で教えられる。しかし、教科書に掲載されている通説では偉人たちの本当の評価は見えてこない。教科書で華々しく取り上げられている偉人が実はそれほど活躍していなかったり、反対に暴君や無能というレッテルを貼られている人物が実は高評価されていたりするからだ。

 では一体、偉人たちの本性とはどんなものだったのか。それを詳しく学べるのが、さまざまな偉人や悪人、名将の素顔に迫った『学校で教えない 日本史人物ホントの評価』(山本博文:監修/実業之日本社)。名をはせたあの人物の実像を知ると、新しい日本史が見えてくる。

■明智光秀が謀反人となったワケは「四国説」!?

 近ごろ何かと話題にのぼることが多い2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」は、“謀反人”の代名詞とも呼べる明智光秀が主人公。光秀といえば低い身分から立身出世し、主君であった織田信長を本能寺で殺した人物。本能寺の変が起きた理由としては「怨恨説」や「野望説」「黒幕説」など、さまざまな説が囁かれているが、著者の山本さんいわく、近年脚光を浴びているのが、信長の長宗我部元親に対する処遇を謀反の原因とする「四国説」だという。

 元親は土佐(現在の高知県)を統一した後、使者を送って織田家への臣従を誓った人物。信長は見返りに四国の残り3カ国を元親の切り取りしだい(制圧した土地を自領にする)という朱印状を与えたが、1581年に約束を反故。

 織田家と長宗我部家の交渉窓口となっていた光秀は両家が良好な関係を築けなくなったことにより、出世の道が閉ざされたことを痛感。天下取りの野望が芽生え、取次ぎ役となっていた自分の顔を潰されたと、信長へ怨みを募らせた…というのが「四国説」だ。

 信長と光秀の間には強固な主従関係があったが、そこには光秀の打算もあったよう。ルイス・フロイスの『日本史』によれば、光秀は信長に対して媚びへつらうような対応を家臣にも求めていたそう。おそらく、信長に取り入ることで地位をあげようという目論みが隠されていたのだろう。

 フロイスは同書の中で光秀が裏切りや密会を好むこと、人を欺く72の方法を体得していたとも記述。光秀のしたたかさを知ると、やはり彼は極悪人だったのかと思ってしまうだろう。しかし、光秀は根っからの悪ではない。なぜなら、打算的に信長へ仕えつつも、自身の家臣は非常に大切にしていたというからだ。比叡山焼き討ちの戦功で近江滋賀群を拝領した後には、戦死した部下の名前を列記した書状と共に供養米を西教寺に寄進したほど。さらに、自身が城を築いた丹波(現在の京都府中部、兵庫県北東部)では民衆の窮乏に配慮して税金を免除。戦乱により荒廃していた村落の復興も促進した。そのため、現在でも亀岡市と福知山市の人々は光秀を名君と称え、福知山市の御霊神社では神として祀られている。

 謀反人と言われる光秀には意外な優しさもあった。その事実を知ると、人が見せる表と裏の顔のおもしろさに気づく。こんな光秀の人柄が「麒麟がくる」では、どう描かれるのか楽しみだ。

■新1万円札の渋沢栄一は女癖が悪かった…

 大河ドラマに関連して言えば、新1万円札の肖像画に決定した渋沢栄一の素顔もユニーク。栄一といえば、第一国立銀行(現在のみずほ銀行)をはじめ、王子製紙や一橋大学など500におよぶ企業の創設に関わり、社会福祉にも尽力。身寄りのない老人・子どものための東京市養育院や知的障害児施設、児童養護施設も設立した。

 先進的な考えを持つ、慈悲深い人。栄一は、そんなイメージを抱かせるが、実は女好きという短所があったよう。妻や後妻の間には7人の子がおり、他にも20数人もの庶子がいたとされているのだ。

 知られざる偉人の素顔を暴く本書は、完璧であれない人間のおもしろさを堪能できる1冊。欠点や裏の顔を知ると、偉人たちが愛おしく思えてもくる。

文=古川諭香