話題の漫画『ミステリと言う勿れ』の人気の秘密を「解読」する! ミステリでないならいったい何なのか?

マンガ・アニメ

2020/2/16

『ミステリと言う勿れ』(1)(田村由美/小学館)

『ミステリと言う勿れ』(田村由美/小学館)は、実に不思議な魅力を持ったマンガだ。

 心理学を学ぶ大学生・久能整(くのう ととのう)が、さまざまな事件に関わり、謎を解き、解決するという「ミステリっぽい」物語…なのに、タイトルは『ミステリと言う勿れ』と読者に求める。

 主人公の整くんが巻き込まれる事件は、殺人や誘拐なども絡んでシリアスだし、テーマもそれぞれ重いのだが、読むとわかる──「この作品は、ミステリではない」と。

 でも、ミステリじゃないなら何なの? というわけで、主人公・久能整くんというキャラクターとこの物語の構造を「解読」し、この作品についての疑問の「解決」に挑戦してみたいと思う。

■主人公は「おしゃべり」なアフロ大学生

 主人公の久能整は、大学で心理学を学んでいる。鳥の巣のようなアフロヘアが不思議と似合う、美しい細面の青年だ。

 冷静沈着、頭脳明晰、記憶力、観察眼――と、古今東西の「名探偵」たちが兼ね備えた能力を、整くんも持っている。しかし、彼らと大きく一線を画すのは…「おしゃべり」なこと。作者の田村由美先生も、あとがきにこう書く。

「すみません。整がただただしゃべりまくる話です」

 既出の探偵や刑事キャラにも、セリフの多い人たちは存在するが、彼らの目的は「事件解決」であり、そのためのセリフ。

 ところが、整くんの優先順位は、いつだって「人間への興味」なのだ。そのくせ、友達もいないし、自分の家族のことになると口を閉ざすなど、生い立ちや過去に秘密がありそう…そんな整くんは、何を「おしゃべり」するのか。

 Episode1では、自分が殺人の容疑者とされているのに、取り調べにやってくる刑事たちの会話や服装などから、刑事個々の事情や問題や悩みを推察し、「おしゃべり」し始める。

「ゴミ出しだけで家事やった気になる男」「女性軽視の職場」「子育てを“手伝う”?」「お父さんクサイは正常?」「ワニ最強」「ロイヤルミルクティーの由来」「宝石に込められた意味」「蟻という字になぜ“義”が含まれる?」「書籍暗号」「ルソーの絵」…とりとめはないが、気になる話題のオンパレードで、読者はついつい引き込まれてしまう。

 そして、その「おしゃべり」は、刑事を味方につけたり、事件の鍵を見つけたり――「久能整の武器」となる。その展開が最高に気持ちイイのだ。

■閉ざされた舞台に、キャラも読者も閉じ込めて

『ミステリと言う勿れ』(6)(田村由美/小学館)

 本作で起こる「事件」は、どれも「関係者たちが本心を明かさないと先へ進めない構造」になっている。だからといって「私は悩んでまーす」と触れ回る人はそうそういない。そこでポイントになるのが「事件の舞台」だ。

「ちょっと舞台劇のようなイメージでやってるとこあります」
「閉鎖空間での会話だけのお話です」

「あとがき」の言葉にこうあるように、舞台は閉鎖的な状況ばかり。

EP1「取調室」
EP2「バスジャック~お屋敷監禁」
EP3「のぞみ159号広島行きの座席」
EP4「広大な屋敷」
EP5「記憶喪失の人との対話」
EP6~8「病室からの病院各所」

 といった具合に、整くんが関係者と一緒に過ごさざるを得ない時間を作ることで、「おしゃべり」が自然(必然?)に発生するのだ。

 危機的な「閉鎖空間」にありながら、登場人物たちはそれぞれの「悩み」を吐き出す。極限状態で絞り出される心の叫びだから、犯人(首謀者)さえも思わず「悩み」に耳を傾けてしまう。本来なら「おしゃべり」なんてしている場合じゃないのに。

 あべこべで可笑しな、それでいてシリアスという奇妙なバランス感覚。

「事件」は他人事でも「お悩み相談」は身近な話題だし、やじうま根性的に読者も「悩み」に意識をひかれていく。気づけば読者も閉鎖空間に入り込んでしまうのだ。

 ある種のストックホルム症候群のような現象が、フィクションと現実の垣根を越えて起こっているのではないだろうか?

 無意識のうちに、読者参加型「おしゃべり」が広がっていく――。

■謎を解き、読者を癒す「魔法のことば」

 事件の中で語られる「悩み」は登場人物の叫びであると同時に、社会の矛盾や理不尽、人間関係のストレスなど、現実社会にも通ずるもの。それらは往々にして「解決が難しい」問題でもある。

 作中でも、登場人物たちのおしゃべりは、やがて「行き止まり」にぶつかる。そこで活躍するのが主人公というもの。皆が「やっぱだめじゃん」とため息をついた、一瞬の間――会話の切れ目に、整くんはスッと入り込んできて、魔法の言葉を唱えるのだ。

 たとえば、EP1で「オレはゴミ捨てもするし、家事を手伝ってるんだから、少しは感謝してほしい」と、妊婦の妻に対する愚痴を口にする若い警察官・池本巡査に、整くんはこう言う。

「ゴミ捨て……どこからですか?」

 うちからゴミ捨て場までですよ――と当然のように答える池本巡査。しかし、ゴミ捨ては「家中のゴミ箱のゴミを集めること」から始まり、生ゴミや排水口の掃除をし、分別をし、ゴミ袋のストックも確認し、ひとつひとつまとめることが面倒だ――と整くんは言う。お膳立てされたゴミ袋を運ぶだけの男のハッとした顔に。

「それで感謝しろって言われても、奥さん身体がしんどいんじゃないですか」

 ゴミ捨ての話なのに「どこからですか」という切り返しで意表を突き、「奥さんの怒り」を論理立てて説明することで、ゴミ捨て旦那はやっと問題の本質が感情論でないことに気づく。双方の主張と問題への答えが、ストンと腑に落ちる。

 そうやって整くんは、凝り固まっていた読者の足をすくって引っ繰り返し、「転んだ場所から、違う景色が見えるよ」と、口以上に物をいう目で伝えてくる。そのまなざしは、癒し――。

 ここで、我々は学ばなくてはならない。「正論や主張をするタイミングって大事!」と。夫婦間でも友人間でも、たとえ正しくてもやさしくても、呼吸が合わなければ、思いは届かないのだ。

 この物語は「ミステリではない」――整くんを中心に登場人物たちがそれぞれの立場でひたすらおしゃべりを続ける「ミステリ仕立ての井戸端会議」なのだ!

 だから、この作品を『ミステリと言う勿れ』。
 そして、この素敵な「おしゃべり」を読み過ごすこと勿れ。

 もちろん、「事件」「謎」もきちんと解決するのは、整くんなので、ミステリ好きな方もどうぞご安心を。

文=水陶マコト