『中国人の僕は日本のアニメに救われた!』日本を愛し、その現状を憂う中国人漫画家が語る、作品から見る日本と中国の違い!!

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公開日:2020/3/15

『中国人の僕は日本のアニメに救われた!』(孫向文/ワック)

 2019年末頃に、日本最大級の小説投稿サイト「小説家になろう」が、中国のモバイルゲーム会社とタイアップして作品を募集し、その募集要項がネット上で話題になった。まず「異世界転生モノ」が禁止のうえ、「現実的な政治を反映させたテーマ」はもちろん、社会的通念に反する恋愛(教師と生徒、同性愛、兄弟姉妹など)といった内容も駄目だそうだ。中国政府の方針ということもあるのだろうが、『中国人の僕は日本のアニメに救われた!』(ワック)によれば、文化的な背景も関係しているらしい。

 著者は中国で生まれ育ち、2013年に来日してから雑誌やインターネットを中心に漫画やコラムを執筆している孫向文氏。まえがきでは「中華圏の市場に進出する予定の作家の方々にはガイドブックとして」、また「外国人が別角度から見た作品論として」本書を読んでもらいたい、と記している。

中国ではありえない「明智光秀」伝

 アニメに限らず、漫画やドラマなどでも「日本の作品の主人公は敵に優しすぎる」というのが、中国人の共通の見解だそうだ。それまでの悪役が、なんらかの理由で主人公の仲間になるというのは、納得のいかない「後味の悪い行為」とのことで、『ドラゴンボール』に登場するベジータのようなライバルキャラの存在を特異に思うらしい。

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 また、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の内容が、明智光秀の生涯を描いたものと知った著者は「大きな衝撃を受けた」といい、中国では始皇帝や『三国志』の武将、現在の中国の建国者である毛沢東など、歴史上の指導者や英雄を主人公にした作品はあっても、敵対関係にあった人物を主人公にした作品はほとんど見かけないという。

なぜ三蔵法師が「女性的」なのか

 世界的な潮流となったセクハラ撲滅を訴える「#MeeToo運動」や、性的マイノリティである「LGBT」の人権保護の活動が、日本で盛り上がらない理由の考察が興味深かった。皇位継承が男系男子に限られている天皇家の皇祖神が女神の天照大神であることや、日本の歴史上で執政を行なった女性の存在、そして中国の明の時代に書かれたとされる『西遊記』が日本でドラマ化されると三蔵法師を女性が演じることが慣例のようになっているのは、女性を男性と同等か上位の存在と考える文化的背景があるからではないか。歴史上の人物の性別を替えたり同性愛をテーマにした作品が人気を集めたりするのは、同性愛者が時の政府から苛烈な弾圧を受けた歴史が無いからではないか、というのが著者の主張だ。

「貞子」と「ゴジラ」は絶対に倒せない

 中国でのホラー作品は、登場する悪霊や妖怪が最後は人間に退治されて大団円となることが多く、日本でもブームになったキョンシーが登場する『霊幻道士』が例として挙げられている。一方、日本のホラー作品では貞子のように悪霊を撃退するのが不可能、怪獣のゴジラは一時的に撤退させるか封印することしかできないといった終わり方も多い。中国人にとって怪物は、犯罪者や猛獣といった現実の脅威として捉えるのに対し、日本人は超自然的な避けがたい存在と考える思想が関係しているのだろうと著者は推察していた。

 面白いことに、現実の世界ではタブー視されている「教師と生徒の恋愛」といったテーマの作品に対して、日本では次々と立ちはだかる困難を乗り越える主人公たちの姿に感動するのが、中国だと「なぜ、わざわざ不幸になりたがるんだ?」というように損得で考え、やはり現実的な感想を持つのだとか。

日本の表現の自由はどこへ?

 来日前の著者は、「日本のクリエーターたちは思うがまま作品を生み出している」と思っていたのが、来日して念願の漫画連載を始めてから、「自主規制」によって表現の自由の幅が狭いと感じたことを、本書では漫画に描いている。例えば、中国人のマナーの悪さは中国政府による教育政策に問題があることを描こうとしても、政治色を省くよう出版社から指示された結果、「中国の民度が低い」という内容になってしまったそうだ。これでは、余計に中国人を謗ることになってしまう。

 さらにその漫画とは別に、江戸時代を舞台にした『カムイ伝』のセリフが近年の単行本で、「目が不自由ではないか」と修正されていることにも触れ、中国人である著者が日本の文化が失われることを危惧しているのが印象に残った。技術的な競争なら優劣があるかもしれないが、文化は競うものではない。多様性こそが優れたエンターテインメント作品を生み出すのだと、この一冊に気づかされた。

文=清水銀嶺