ブラック企業が生み出したサービス「退職代行」――避けるべき退職代行業者の特徴とは

社会

公開日:2020/3/2

『退職代行マニュアル 明日から会社に行かなくていい』(桐畑昴/扶桑社)

 2017年に「退職代行」という画期的なサービスが発明された。その名の通り、なんらかの理由で今の勤務先を辞められない人が代行業者に依頼して、勤務先に退職に関する連絡を行ってもらうサービスだ。

『退職代行マニュアル』(桐畑昴/扶桑社)は、退職代行業を営む桐畑昴さんがこの新しいサービスの「普及」を目指して執筆した1冊。退職代行が生まれるべくして生まれた背景が、読むほどだんだんと見えてくる。

なぜ“世界で類を見ないサービス”が誕生したのか?

 桐畑さんの会社のデータによると、退職代行を利用する人の約6割が20代だそうだ。さらに多くの人が、1年未満の勤続年数。これらから「短期離職のため自分からは言い出しにくい」という理由で利用する人々の存在が浮かび上がる。

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 この事実だけ見ると、「退職代行を利用する人は無責任で仕事にやる気がない」という世間の声と一致しそうだ。しかしなかには、ブラック企業に勤めていて「辞めたいのに辞めさせてもらえない」ために仕方なく利用する人々もいることを知ってほしい。

 今や空前の人手不足で、どこの企業も社員に辞められると困る。ブラック企業ほどその傾向にあり、勤務先の上司や経営者が「辞めるのはいいが、その前に話し合いが必要だ」と主張して、退職をズルズル先延ばしにしてしまうのだ。なかには何度も意味のない面談を行って、辞めたい社員を精神的に追いやって諦めさせるところもある。

 法律を理解している人ならば、会社が認めなくても退職は成立することをご存じだろう。いくつか例外はあるが、桐畑さんは本書で民法627条1項について、「辞めたいと思ったらいつでも解約を申し出ることができて、退職届を提出した日から2週間後に雇用関係がなくなる」と解説している。この条文のどこにも「雇用主の許可が必要」と書かれていないのだ。

 ところがこの法律を知らない社員につけこみ、「お前なんかどこの会社に行っても通用しない。うちが拾ってやっているんだ」と脅して引き留めようとする会社がある。それどころかこの法律を知らないために、「退職日を決めるのはうち(の会社)だ!」と正気じゃないことを平気で言う会社もある。

 本書を読んでいると、労働者側だけに問題があるのではなく、日本に蔓延したブラック企業が退職代行という“世界で類を見ない”サービスを生み出したと痛感する。

退職代行とは利用者と会社の「橋渡し役」

 ここで、本書で解説される仕事内容も取り上げたい。退職代行とは主に、利用者が勤める会社に電話をかけて、退職の意思を「伝言する」こと。そして退職で発生する手続きの進捗を両人に伝えることだそうだ。利用者の代わりに会社と交渉を行って、退職させてくれるサービスではない。

 退職代行は、あくまで利用者と会社の「橋渡し役」。退職の意思を表明するのは利用者が書いた退職届であり、それを会社に郵送で提出してもらわなければサービスをまっとうできない。

 なんともまどろっこしいと感じてしまう人もいるだろうが、これには理由がある。まず会社側と交渉できるのは、弁護士だけの特権だ。弁護士資格のない退職代行業者が「利用者を退職させてやってくれ」と交渉を行えば、「弁護士法」に抵触してしまう。

 たとえ「橋渡し役」だけの存在だとしても、退職代行には大きな存在意義がある。皮肉にも退職代行の存在はブラック企業ほど効果的だ。

 本来このサービスを利用することもなく、退職届を提出すれば一方的に会社を辞めることができる。しかしブラック気質な会社や上司が原因で、両人の間で問題がこじれたとき、退職代行が「監視者」の役割を果たすことで、無意味なコミュニケーションをシャットアウトして、スムーズな退職を実現できるのだ。

会社を辞めても死なないし人生は続く

 ブラック企業の蔓延で、辞めたいけれども辞められない人々が続出し、やむを得ず退職代行を頼る利用者が後を絶たない。

 この現状をチャンスとばかりに、退職代行を掲げる企業が続々と誕生しているが、その質はピンキリである。桐畑さんが本書で述べているように、退職代行はあくまで橋渡し役なので、絶対に退職を保証できるものではない。基本的に退職届を提出すれば雇用関係は2週間後になくなるが、自衛隊を含む公務員などの例外が存在する。またそもそも雇用関係のない個人事業主も同様だ。

 さらに退職代行を利用して以降、会社側と直接連絡をとってしまうと、よからぬことを色々と吹き込まれて、本来のサービスを提供できなくなることもある。

 退職代行は2017年にできたばかりのサービスなので、まだ成熟していない業種だ。ブラック企業が蔓延する日本社会に一石を投じ、優良な退職代行の「普及」を目指して、桐畑さんはこの本を書き上げた。

 そろそろ春が近づき、転職を視野に退職代行の利用を考えている人のため、本書より避けるべき退職代行業者の特徴を挙げよう。

●ふざけた名前の代行業者
●「円満退職」「即日退職」を謳う代行業者
●「業界最安値」との虚偽記載
●期間の明記のない「期間限定料金」
●弁護士と料金を比較している代行業者
●自作のプレスリリースを指す「メディア掲載多数」

 退職代行の利用を考えている人は、ぜひ参考にしてほしい。そして最後に、会社を辞めたいけれども辞められなくて苦しんでいる人へ、本書より桐畑さんの会社を利用した人の言葉を送りたい。

会社を辞めても死にませんし、人生は続きます。大事なことは本当に嫌なことからは逃げることです。毎日、嫌だなと思いながら会社に通う意味がわかりません。
死ななければ勝ちです。死んだら終わりです。会社を辞めてから毎日ハッピーです。辞めてよかったです。

 悲しいかな、退職代行は生まれるべくして生まれたサービスだ。日本社会にブラック企業が我が物顔で存在する限り、その利用はどんどん増えていくだろう。

文=いのうえゆきひろ