「胸触っていい?」女性記者が受けるセクハラの実態。マスコミで働く女性たちが再び前を向くために
公開日:2020/3/12
国内外問わず、セクハラに敏感な時代になった。2016年にアメリカ最大の放送局・FOXで「テレビ業界の帝王」ことロジャー・エイルズがベテラン女性キャスターのグレッチェン・カールソンからセクハラで訴えられるという事件をもとにしたアメリカ映画『スキャンダル』はアカデミー賞受賞で話題になったばかりだが、本稿で紹介する『マスコミ・セクハラ白書』(WiMN/文藝春秋)は、日本メディアの内部でもセクハラが存在し続けてきたことを告発する1冊だ。
2018年に、フリーランスも含め、新聞・放送・出版・通信・ネットメディア業界で働く女性たちが結成した「メディアで働く女性ネットワーク(WiMN)」――本書はそのWiMNの会員たちのインタビューやコラムで構成されている。
セクハラ被害を受けた女性が負う「癒えない傷」
WiMNが結成されたのは、同年の福田淳一元財務次官によるセクハラ騒動で、告発したテレビ朝日の女性記者が孤立しないようにと連帯が生まれたことがきっかけだ。会員の多くは仮名で被害を告発する。その語り口は、セクハラに負けじと抗う強さを感じさせるトーンもあれば、決して癒えない深い傷を負った苦しみに満ちたものもある。本書では、取材対象者の自発性に応じて客観描写と主観描写を使い分け、構成も「聞く」パートと「語る」パートに分け、被害の実情を描く。
なんともいえぬ空気に押しつぶされて、西田さんはただ、されるがままに胸を触らせた。ほんの一瞬だったはずだが、とてもとても長く感じた。終わった後、西田さんは何事もなかったかのように取材を続け、社長室を後にした。
「あんなことは何でもないことだ、と思い込もうとしている自分と、なぜあんなことをさせてしまったのかという葛藤が、頭の中を渦巻きました」
セクハラは「された側」の記憶に深い傷跡をのこす。その記憶がよみがえるたびに、当人は苦痛に苛まれる。過去の記憶が巡る走馬灯というものは映画やフィクションの中などで描かれるときはだいたい懐かしく美しい思い出がフラッシュバックするものだが、ネガティブな記憶がフラッシュバックすることもきっとあるだろう。人生最期の瞬間の走馬灯が、セクハラの記憶も含めた形で脳内を駆け巡ったら、他にどんなに良い思い出があってもその人生は台無しになってしまうかもしれない。人の記憶の中に負の記憶をのこすことは、それだけ重罪なのだ。その重みが一連のインタビューやコラムから伝わってくる。
セクハラは当事者だけでなく「働く組織環境」の問題
本書では、セクハラ被害の実情に踏み込むだけにとどまらず、無理に告発しないことの意義にも触れている。告発して状況が改善に向かうのはよいことだ。しかし、すべての人が告発する勇気を持っていたり、それができる環境下(周囲の理解やサポート)にあったりするかというと、残念ながらそうではない。「勇気を持って告発する」ことをすべてにおいて優先すべきではなく、言えずに黙っていた(あるいは黙っている)ことを責めるべきではない点も本書のひとつの主張だ。
ただ、セクハラの責任は、黙っていた人たちだけに押し付けられるべきではない。心身の調子を崩してまで頑張ることを強いている労働環境と、犯罪を見て見ぬふりをし続けてきた組織の責任だ。根底から組織内の人権意識の向上が急速に必要なのだが、意識転換には時間がかかる。
WiMN会員の中でも、インタビューに応じようとしたが「どうしても話したくない」と辞退した人が少なからずいるそうだ。上記の引用からもわかるように、被害を受けた個人の問題ではなく、被害が発生するような労働環境に問題があるからだ。
2020年2月にアメリカのボーイスカウトアメリカ連盟は、青少年への性虐待による訴訟の影響で破産申請をするに至った。ハラスメント被害を生まないための組織環境のあり方を考えるということは、男性へのセクハラ被害にも及んでいる。女性だけではなく男性のセクハラ被害にも言及している本書を読んで、ぜひ“社会ぐるみの意識転換”に加勢してほしい。
文=神保慶政
この記事で紹介した書籍ほか

マスコミ・セクハラ白書
- 著:
- WiMN
- 出版社:
- 文藝春秋
- 発売日:
- 2020/02/13
- ISBN:
- 9784163911526
レビューカテゴリーの最新記事
今月のダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチ 2021年2月号 美少女戦士セーラームーン/島本理生特集
特集1 わたしたちのセーラームーンが劇場に帰ってきた! 「美少女戦士セーラームーン」/特集2 作家生活20周年 島本理生の祈り 他...
2021年1月6日発売 定価 700円
出版社・ストアのオススメ
双葉社
人生は“太巻き”みたい!?『生徒諸君!』と並ぶヒット作が約30年ぶりに帰ってきた!『Let’s豪徳寺! SECOND』 庄司陽子先生インタビュー
文藝春秋
のんが挿画を担当! 不思議な能力を持った少女が、アイドルを目指す。しかし、待ち受けていたのは凄惨なラストだった
白泉社
特装版はニャンコ先生のかわいいフィギュア付き!『夏目友人帳』26巻に「最高に癒されます」と反響続出
主婦の友社
ペットが生きているうちにこそ読みたい! 看取り、葬儀、供養…飼い主だからこそしてあげられる「ペットの終活」
ポプラ社
予想もつかない衝撃のラストが待ち受ける! 大人気「冬」シリーズの第3弾『その冬、君を許すために』に期待の声
楽天Kobo
楽天Kobo年間総合ランキングが発表! 1位は社会現象にもなっているアノ作品
ブックラブ
「ようやく本が出たんだなという実感を持つことができました」森見登美彦氏が登場! ブックラブ読書会レポート
新着記事
-
連載
「まるで忍者だよ…」いつも音もなく近づいてくる猫のキュルガ。もしかしてアノ技使ってる?/夜は猫といっしょ③
-
ニュース
「次の出血までに己を鍛えなおしておけ!」一見怖そうに見える“巨核球”だがじつは…/アニメ「はたらく細胞!!」第1話
-
レビュー
指原莉乃、バイキング小峠、さまぁ~ず大竹…彼らの言葉が心に刺さる理由を作詞家・いしわたり淳治が解剖!
-
レビュー
異世界転生モノの新ジャンルに「古代エジプト」はいかが!? 神秘と謎に満ちた古代エジプトの秘密を徹底解剖する1冊
-
ニュース
「奈良親子の“ダブルめんどくせー”は永久保存版」アニメ「BORUTO」第181話、うずまき親子の“忍組手”がおこなわれている一方で…