元マル暴刑事が明かす、“特定危険指定”暴力団の恐怖とは⁉

社会

2020/5/19

『県警VS暴力団 刑事が見たヤクザの真実』(藪正孝/文藝春秋)

 2020年2月初め、北九州市小倉北区の暴力団本部事務所の跡地が、生活困窮者の就労支援や子ども食堂といった弱者支援の「総合的な福祉拠点」として活用されることに決まったと、西日本新聞や共同通信などが報じた。

 多くの人にとっては、気にもとまらないローカルなニュースだろう。しかし、北九州市民にとっては、長年の悲願達成ともいえる、とてつもなく大きな勝利を告げる祝報になったはずだ。

 その理由は2つある。ひとつは、北九州市を拠点にするこの暴力団──その名を「工藤會」という──は、全国で唯一の「特定危険指定」、つまり、「市民や一般企業に最も危険を及ぼす」と区分された暴力団であり、長年、市民生活が脅かされてきたこと。

 そしてもうひとつは、本部事務所の立ち退き要請が、市民が勇気をもって参加したパレードによって、決定的なものとなったからだ。

元マル暴刑事が明かす、特定危険指定暴力団の恐ろしさとは!?

 では、特定危険指定された工藤會とは、どのような暴力団なのか。そして、自宅に銃弾が撃ち込まれるなどの様々な脅しにも屈せず立ち上がった市民や市、そして警察は、工藤會とどう対峙してきたのか。

 その一部始終を教えてくれるのが、『県警VS暴力団 刑事が見たヤクザの真実』(藪正孝/文藝春秋)である。

 著者は、1975年に福岡県警に採用されてから2016年で定年退職するまで、警察官人生の半分を暴力団、特に工藤會対策に従事してきた筋金入りの、いわゆる元マル暴刑事だ。

 東京在住の筆者にとっては、名を聞く機会もない工藤會という暴力団だが、本書を読んでその凶暴さを知り、驚いた。

 例えば、暴力団排除に協力する飲食店への嫌がらせ事件だ。2003年8月、小倉北区の繁華街にある「倶楽部ぼおるど」に対して、実行犯の工藤會系組員は、営業中の店内になんと、手りゅう弾を投げ込む。その結果、店で働いていた女性たち12名が重軽傷を負ったという。

 嫌がらせどころか、もはや無差別殺人テロである。死者が出なかったのは、幸いにも手りゅう弾が「完全爆発に至らなかったから」と記す著者。自身が現場検証を行った際の店内写真も本書に掲載し、「工藤會の壊滅を本気で志すきっかけとなった事件」だと、事件の背景やその後の顛末などについても詳細に記している。

市民ら約510人が集結して行われた「パレード」と「頂上作戦」とは?!

 本書には他にも、工藤會がこれまで一般企業や飲食店、市民などに対して、どのような脅しや凶行に及んできたかの詳細や、資金源の裏事情、著者が喫茶店で組長と交わした対話の内容なども記されている。

 そして著者は、暴力団の排斥には、企業や市民の協力が不可欠であることも訴求する。

 そのため、イタリアのマフィア対策といった事例や、暴力団被害に遭った際の対応の仕方、また、どういう状況の際に暴力団が「お礼参り」(仕返し)にくる可能性が高いかなど、暴力団を必要以上に怖がらないようにするための知識も記している。

 とはいえ、やはり関わりたくないのが暴力団だ。しかも、平気で手りゅう弾さえ使ってくる相手となればなおさらである。それでも、北九州市民は立ち上がったのである。

 それが2010年3月12日、平日の昼間にも拘わらず市民ら約510人が集結して行われた、長野会館と名付けられた組事務所の立ち退きを訴える抗議のパレードだった。

 本書には、市民や市長ほか、市職員たちがいかに勇気を振り絞ってこのパレードを行ったか、その様子が克明に記されている。というのも、このパレードに先立つ2月18日、住民たちは冒頭のニュースにある小倉北区の工藤會本部事務所に対しても、立ち退きを要請するパレードを行っていたが、その際、工藤會側がパレード参加者を威圧する行動をとっていたのだ。

 それでも市民はひるむことなく、長野会館に対する2回目のパレードには、さらに多くの600名以上の市民が参加したそうだ。

 こうしたパレードと、「頂上作戦」と呼ばれる組織幹部トップ3の逮捕により、市・警察・そして市民は工藤會の弱体化に成功。しかし、まだまだ「壊滅」ではないと、著者はこう記す。

(工藤會本部の立ち退きは)いわば「工藤會本丸」の落城だ。
しかし、暴力団壊滅は未だ道半ばだ。根を絶たない限り、彼らは再び、枝や幹を伸ばしてくるだろう。

 昭和世代を中心に、「ヤクザは任侠。一般市民や弱者には手を出さない」と思っている人もいるだろう。しかし著者は、「暴力団は全て任侠団体を表明している。それが、建前に過ぎないことをご理解いただけたのなら、これほど嬉しいことはない」と、本書を結ぶ。

 この言葉を裏付ける暴力団による、暴力と脅しの現実。そして一般市民がいつ、暴力団と交錯することになってもおかしくない、いびつな日本社会の一面を、ぜひ、本書から学んでみてほしい。

文=町田光

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