美しさに泣ける!「桜」にまつわるファンタジックなラブストーリー『僕の涙がいつか桜の雨になる』

文芸・カルチャー

2020/5/20

『僕の涙がいつか桜の雨になる』(犀川みい:著、みっ君:イラスト/KADOKAWA)

 初恋の人って、なぜだか忘れられないものですよね。しかもそれが兄妹みたいに育った幼馴染だったら? 悲しくても嬉しくても泣いちゃうような心の優しい人だったら? さらに、宝石みたいな、桜色の瞳を持つ人だったら!? …ただでさえ初恋なのに、これだけときめき萌え要素が満載だったら、もう絶対に絶対に忘れられない。

 小説『僕の涙がいつか桜の雨になる』。

 この物語の主人公・雪間栞は高二の秋、子どもの頃に住んでいた「さくら町」へ戻ってきた。さくら町はその名の通り、いたるところに桜が植えられ、庭師に恋した「桜の魔女」の昔話が伝わる桜を愛す町。栞には、どうしても会いたい人がいた。それはかつて近所に住んでいた同い年の幼馴染。ひどい泣き虫で、気弱で、けれど誰より心優しい男の子だ。吉野葉桜という名前を持つ彼は、名が体を表すように桜色の瞳を持っていた。それが原因でしょっちゅうイジメられ、栞が助けてやるうちに2人の間には特別な絆が生まれたのだった。それは栞の初恋となった。

 転入した高校の教室で、栞と葉桜は再会することになる。ところが数年ぶりに会った葉桜は、なぜか栞に冷たい。それもかなり冷たい。ぶっきらぼうなだけでなく、栞がいくら話しかけてもほとんど無視。ようやく口を開いたと思ったら、トゲトゲしいディスしか言わない。栞はすっかり変わってしまった葉桜にショックを受けるも、めげずに彼に歩み寄る。

 とあるきっかけで、栞は葉桜がどうして栞に対して冷たかったのかを知ることになる。実は葉桜は今でも泣き虫で、栞にそのことを知られたくなかったのだ。しかも、ある理由で次の春までにどうしても泣き虫を克服しなければならず、それはなんと、この町の桜と「桜の魔女」に深く関係するのだと言う。

「嬉しくても哀しくても泣いてしまう。なんでだろう、皆はちゃんと大人になっていくのに、自分だけ子どものままみたいだ」

 そう打ち明ける葉桜に、栞は協力することにーー。

 読んでいると最初は取りつく島のない葉桜にイラっとするかもしれないが、安心してほしい。彼はこの後めちゃくちゃデレます。クールな生物部で植物を愛し、顔天才で体育祭のリレーはアンカーを任される、という尊いにもほどがある彼の、そのデレっぷりは子犬ばり。作者には感謝しかないです。ツン状態も含めて、この葉桜無双をぜひ堪能してほしい。

 天真爛漫で、何事にも一生懸命な栞は、つい応援したくなる王道ヒロイン。クラスを巻き込み、葉桜の頑なな心を解かしていく。傍目から見ればお互い惹かれあっている2人だが、自分たち自身はそのことになかなか気がつかない(特に葉桜)。葉桜が栞をお姫様抱っこして「あまりに軽くて驚いてた」と言うシーンや、疲れた栞を家の前までおぶってくれるというような、憧れの少女漫画演出が効いたシーンもばっちり登場する。さらに体育祭の二人三脚や、バレンタインデーなどの行事を通して、2人の距離は徐々に縮まっていく。ここまでだと王道の恋愛青春学園モノかと思うけれど、作者が巧みなのはここから。物語は、思いがけない方向に深まっていく。

 鍵となるのは、葉桜と「桜の魔女」に関する秘密。さらに「花の精」や「魔女のお茶会」など、キーワードだけでもときめくファンタジー要素が随所に散りばめられ、物語をきらめかせる。さらに、実は栞にも大きな大きな秘密があった。恋愛モノのセオリーだと思っていた少女漫画的な演出は、その秘密の伏線となっているのだ。今までストーリーを彩ってきた萌え要素やファンタジー要素が結びついた時に、思わず涙がこぼれる。

 終盤、葉桜から栞へ贈られる様々な花の描写はため息が出るほど美しい。

「次の日は薄青色の小花が群れをなす勿忘草(わすれなぐさ)を、その次の日は歌いたくなるような真っ赤な鬱金香(チューリップ)を。また別の日には青紫の星型をした桔梗を、目がさめるような鮮やかなアネモネを持っていった。」

 その美しさは、さらに2人の関係を切実なものにしていく。ラストシーンはぜひハンカチを。

 葉桜は「男の子が泣くなんて」という価値観にとらわれ、コンプレックスを抱えてきた。この作品は、それに対し栞が一貫して「泣いてもいいんだよ」と言い続ける物語でもある。王道の萌え演出が実は伏線として使われているように、作者はクラシックな価値観をそのまま描くようなことはしない。きちんと萌えさせてくれた上で、女の子たちに新しい価値観をそっと差し出してくれるのだ。

 この春はお花見や卒業式などが自粛され、桜を堪能できなかった人も多いだろう。そんな人たちにぜひ読んでほしい物語だ。

文=佐々木文旦(ささき・ぶんたん)

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