恋した男とも、自分の弱さとも誠実に向き合う物語。しまおまほ初の長編恋愛小説

文芸・カルチャー

2020/5/23

『スーベニア』(しまおまほ/文藝春秋)

 近年は『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』や、その後継番組『アフター6ジャンクション』(ともにTBSラジオ)への出演でもおなじみのしまおまほさん。内容がぼんやりしすぎな脱力トークにはファンも多く、筆者も笑いながら聞いてきたリスナーの1人だ。

 そのトークの魅力は、『ガールフレンド』『マイ・リトル・世田谷』(ともにスペースシャワーネットワーク)などのエッセイ作品でもよく表れている。「お父さんのちんちんをいろんな角度から観察し、ノートに描いていた」という幼少期の話、近所の6歳の女の子からお花見に誘われた話、父親が犬小屋にハムスター用の暖房器具を設置した話など、一つ一つのエピソードにのほほんとした味わいがあるのだ。

 そんなしまおさんの新刊『スーベニア』(文藝春秋)は、「大人になれないわたしたちを描きたかった」という思いから書かれた初の長編恋愛小説だ。

 主人公は34歳のフリーカメラマン・安藤シオ。主人公の境遇が本人に近いだけでなく、結婚話で盛り上がる友達に「スワロフスキーってビーフストロガノフと響きが似てる」と言って白い目で見られた話など、「主人公、しまおさんっぽい!」と思える描写も多い物語だ。家で洋楽コンピ『NOW1』を大音量で流して、「短い人生をくだらない音楽で埋めたくない」と当時の彼氏に怒られた……という話などは、TBSラジオを聞いているサブカル好きの男女にも刺さるものだろう。

 一方で、シオの恋愛の内容は、しまおさんの普段のトークやエッセイとは違って結構シリアス。物語の主軸になるのは、シオと7歳年上の男性・文雄との関係だ。

 2人はデートをしたり一緒に泊まったりする仲だが、恋人といえるかは怪しい。というのも、シオは文雄の家に入ったこともなければ、その正確な場所も知らない。文雄の仕事も「どうやら映像カメラマンらしい」という程度しか知らず、2人が会うのは文雄が気まぐれに連絡してくれたときのみだ。

 要するにシオは「都合のいい女」「セフレ」と言われてもおかしくない状態で、実際に友人からそう指摘もされている。だが、文雄から離れることができない。一方で、別の男性に心惹かれる瞬間もあったりするし、友達の幸せを素直に祝えない自分に落ち込んだりもする……。

 そして本作のなかには、「いままで、自分が他人にはない人生を送っているような気分だった」シオが、自分のしていることが「いくつも存在する凡庸な恋愛のひとつに過ぎない」と気づき、むなしくなるシーンもある。

 シオのように、「頭では『離れるべき』と思ってる相手から離れられない」「同じような状況で苦しんだ友達を見てきたのに、自分もやっぱり同じことをしてしまう」といった苦しみを経験してきた人は少なくないだろう。『スーベニア』は、そうした「恋愛のよくある悩み」をシオが本気で悩み抜くからこそ、リアルで切実な恋愛小説になっているし、その切実さは後半の物語を意外な方向にも導いていく。

 なお、シオと文雄の関係は「この2人、いいな」と思える場面もあった。たとえばシオが「漫画でさ、ドア閉める時の音、あれ、なんで『バタム!』って書くんだろうね」とよく分からない話をはじめたかと思えば、文雄は文雄で「あのさ、今日さ、オレ……パンツ穿いてないの」とか言い出したりする。そして「あなたホントに変人だね」「シオだってヘンじゃん」と言い合う2人。

 骨子を抜き出せば「よくある恋の話」でも、2人は惹かれ合うべくして惹かれ合ったのだろう。そして、この恋愛はどんな結末を迎えてもムダなものにはならないはずだ……。ディテールが豊かに描かれ、恋をした男とも、自分の弱さやズルさとも誠実に向き合おうとする女性の物語を読んでいて、そう願いたくなった。

文=古澤誠一郎

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