席替えで人気アイドルの隣の席に――喜びよりもみじめになって…。他人と比較しない生き方って?

文芸・カルチャー

更新日:2020/6/19

『ないものねだりの君に光の花束を』(汐見夏衛/KADOKAWA)

 人は、誰かと比べずにはいられない生き物だ。

「あの人は、私よりかわいい」
「あの人は、私より勉強ができる」
「あの人は、私より幸せそう」

 そこに続くのは、「私ももっと〇〇だったら…」「なんで私は…」という“ないものねだり”の言葉。SNSによって友人たちの楽しそうな日常、成功している同年代の姿が目に入りやすくなった分、他人と自分を比べて劣等感や嫉妬心を抱く機会はこれまで以上に増えているのではないだろうか。

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 汐見夏衛さんの新作『ないものねだりの君に光の花束を』(KADOKAWA)に登場する染矢影子も、ないものねだりばかりの高校生。ごく普通の家庭に育ち、平凡な毎日を送る影子は、自らを「永遠の脇役」だと思い込んでいる。その一方で〈普通〉であることに誰よりもコンプレックスを抱き、〈特別〉な存在でありたいと強く願っていた。

 そんな彼女が、席替えで隣になったのが鈴木真昼。人気アイドルグループのメンバーで、ソロシンガー、若手俳優としても活動する「天然記念物級イケメン」だ。しかも成績優秀、スポーツ万能、人当たりもよく性格も申し分なし。その名のとおり、陽の当たる道を歩くことを約束された〈特別〉な存在だと、影子は思っている。

 ほかのクラスメイトならトップアイドルの隣に座れることを喜びそうなものだが、影子の場合は違った。隣にいる自分がみじめになる。自分の平凡さを突き付けられるようで、つらくなる。真昼には何も非がないのに、一方的に苦手意識を抱き、距離を置こうとしていた。だが、何の因果かふたりは同じ図書委員に。放課後、ふたりきりで書庫の整理をするうちに、影子は真昼の知られざる一面を目の当たりにする。

 神様から選ばれた存在。常にスポットライトの当たる主人公。他人と比べて卑下するところもない恵まれた人。気安く言葉を交わし合うようになっても、影子にとって真昼はやはり〈特別〉な人間だった。だが、真昼は〈普通〉を求めていると知り、影子は彼に憤りをぶつけてしまう。すべてを持っているのに、こんなに恵まれているのに、それでも〈普通〉がいいなんて、どう頑張っても〈特別〉になれない人間に失礼ではないか。真昼には真昼で、〈普通〉を望む理由があるとも知らずに…。

 自分と他人を比較する時、人はつい相手をうらやんでしまうものだ。だが、ある一面だけを見て、ないものねだりをしても自分が苦しいばかり。逆に、相手の嫌なところを粗探しして、勝ち誇ったように批判するのも虚しい行為だ。大事なのは、周りの評価を気にせず、自分のものさしを持つこと。自分の人生の主役は自分だと信じること。そして、自分も誰かにとって、唯一無二の〈特別〉な存在だと気づくこと。作中には、自分らしく生きるためのヒントがたくさん詰まっている。特に波乱の展開を迎える終盤は、心に沁みる名言のオンパレード。言葉のひとつひとつが、灯台が放つひと筋の光のように人生を照らしてくれる。

 大人が読んでも十分楽しめる作品だが、できることならSNSに触れる機会の多い中高生にこそ読んでいただきたい。他人と自分を比較して生きづらさを感じている人、「自分なんて…」と卑下してやりたいことを諦めがちな人は、きっと心が軽くなるはずだ。

文=野本由起