“好き”を貫いた人生の見事さ――写真家の夢・仕事・病・家

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/3

『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(リチャード・W・ブラウン/KADOKAWA)

 リチャード・ブラウンは、アメリカの絵本画家ターシャ・テューダーの暮らしや美しいガーデンを17年間撮影し、ターシャから最も信頼された写真家である。と同時に、アメリカを代表する写真家でもあるのだ。その写真を十分に堪能できるのが『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(リチャード・W・ブラウン/KADOKAWA)だ。

26歳のとき、バーモントの農場を購入し、移り住む

 ハーバード大学を出たリチャードは、田舎町の学校で中高生の教師になる。彼は生徒を美術館や歴史博物館にどんどん連れ出す型破りな先生だった。しかし、次第にフラストレーションがたまっていく。窓の外には心惹かれる光景がある。初雪が降り始めた、シカが歩いて通った、紅葉がうっとりするほど美しい。それなのに授業を中止するわけにはいかない。
 そして、リチャードは気づく。「ぼくが本当にやりたいのは写真だ」と。教師の仕事は3年で辞めた。すでに結婚しており、二人の貯金を元にバーモントの小さな村に馬や牛付きの農場を購入し、移り住んだ。26歳のときだ。

右上の赤い納屋と白い母屋を囲む牧草地と森一帯がリチャードの農場

「興味のないことをなぜするのか?」チャールズ・リンドバーグ夫妻の励まし

 写真家に舵を切ったリチャードには、背中を押してくれる大きな存在があった。
 リチャードの両親は“まじめな職業”を望んでいた。いわく「教師なら校長を目指せ」と。
 一方、妻の父は、映画「翼よ、あれがパリの灯だ」で有名な大西洋無着陸単独飛行を成し遂げたチャールズ・リンドバーグ。妻の母は、『海からの贈り物』の著者アン・モロウ・リンドバーグである。最強の二人は、悩めるリチャードにこう言ったのだ。
「興味のないことをなぜするのか。自分のやりたいことをした方が成功する。きみが本当にやりたいのは教師ではないだろう。僕にはよくわかる。なら、なぜ写真家を目指さないのだ。きみはよい写真を撮るじゃないか」

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ふと購入したニコンのカメラが、写真家へのきっかけになった。

 かくして、リチャードの仕事は、「アラバマの小作農の暮らしの記録」や、「ペンシルベニアのアーミッシュの記録」に並ぶ、“アメリカ”への偉大な叙事詩であるとも評されるようになった。本書には美しい風景や素朴な人々の写真が多く掲載されている。

ウサギを抱く農夫ジョン

ブリックハウスの再建を夢見て

 50代になったリチャードは100年前の古いレンガ造りのホテルを買い取り、自宅の敷地内に再建するというとてつもない計画を夢見た。周囲からは「どうかしている」と相手にされない。でも、ターシャが森の中に広大なガーデンを一人で作りあげたのは56歳からだった、ということを彼は知っている。恐る恐る夢を語るリチャードに、「50代なんて、どうってことない。まだ十分若いわ。やりたいと思ったらやりなさい」と励ましたのは80代のターシャ。なんてカッコいいシニアだろう!!
 リチャードの美意識満載の夢のブリックハウスにうっとりできるのも、この本の楽しみだ。

文=かのん

【著者プロフィール】
リチャード・W・ブラウン 1945年、アメリカ、ボストンに生まれる。ハーバード大学卒業後、教師を経て写真家に。昔ながらの農場の素朴な暮らしに憧れ、26歳のとき、バーモント州の小さな村に農場を購入し、移り住む。ターシャ・テューダーの写真集ほか、ニューイングランドの自然や人々の暮らしを撮り続ける数少ない写真家。