夢を失くした大人に贈る、ひと夏の恋愛小説『さよならノーチラス』

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/8

『さよならノーチラス 最後の恋と、巡る夏』(優衣羽/ポプラ社)

 今年は、新型コロナウイルスが猛威を振るった影響で、夏休みが短縮される学校もあるらしい。学生時代、夏休みを心待ちにしていた自分としては、今の小・中学生が少しかわいそうな気もするが、当事者たちはどうなのだろう。

『さよならノーチラス 最後の恋と、巡る夏』(優衣羽/ポプラ社)の主人公・大晴も、学生時代を「人生の夏休み」として過ごす青年だ。

 大学2年生の夏休み。都内の大学に通う大晴は、祖父が体調を崩したという知らせを受けて、田舎に帰省することになった。13歳までを過ごした郷里といえば、思い出すシーンがある。13歳の夏、セーラー服姿の少女が、瞳から涙をあふれさせている……お気に入りの小説をよく読んでいた彼女は、実家の近くに住んでいた幼馴染だ。もう顔も声も思い出せないが、彼女のことは、美しい初恋の思い出として今も大晴の胸にある。

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 それから7年、彼女とは一度も会わないまま、連絡を取り合うことすらせず大人になった。彼女が今、目の前に現れたとしても、はたして認識できるかどうか。そんなふうに考えていたにもかかわらず、海辺の故郷に帰り着いた大晴は、思いがけず再会してしまったのだ──思い出の中の彼女、黎夏と。

 ひさしぶりに会った黎夏は、外見こそ美しく成長していたものの、本質は昔のままだった。昔から読んでいた小説、ノーチラス号という名の潜水艦が登場するヴェルヌの『海底二万里』を、今も熱心に読んでいる。幼い黎夏が大晴を連れて町中を「冒険」したのは、確実にこの本のせいだ。大晴は、変わらないものに安堵しながら、今の自分にそんな情熱があるだろうかと考えてしまう。

大人になるにつれ、冒険をしなくなった。心躍るような瞬間はなく、適当に良い大学を受け合格し一人暮らしを始め、バイトに精を出して休日には友人と遊びまくる。恋愛だってほどほどにして、将来の事など何一つ考えないままで二十歳が過ぎた。

 ふたりで冒険をしていたあのころの、黎夏の輝く横顔は覚えているのに、自分のやりたかったことは忘れている。現実が、大晴に夢を捨てさせたのだ。

「俺はずっと、何がしたかったんだろう」
「じゃあ探せばいいじゃん」
「え?」(中略)
「やりたい事。今からでも遅くないでしょ」
「遅いかもしれない」
「物事に早い遅いはないよ。(中略)あの頃した冒険、もう一度やろう」

 こうして大晴は、夏のあいだ、「やりたい事」を探す小さな冒険の旅に出る。町の博物館へ、神社へ、秘密基地へ、鉱山の中へ、毎日が冒険だった少年時代と同じに、黎夏とともに。そうするうちに、大晴は黎夏への想いを自覚する。今もまだ、黎夏が好きだ。しかし黎夏は、大きな秘密を抱えていて……。

 海の底のように暗く深い迷いの中でも、憧れがみずからを導く光となるなら、それを目指して前へと進む勇気や希望を持てるだろう。大晴にとっての黎夏がそうであるように、この恋愛小説も、悩みの中、孤独に生きるものたちのもとへと射し込む、一筋の光となるかもしれない。

「人生の夏休み」の最中にいる人も、それを懐かしむ人も、明るいところを目指して歩き続けようという気持ちになれる本書。ぜひ、今年の夏休みの相棒にしてほしい。

文=三田ゆき