人食い少年兵、マフィア、カルト教団――彼らは何を食って生きているのか? 世界中の“ヤバい飯”

エンタメ

公開日:2020/7/16

『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(上出遼平/朝日新聞出版)

 テレビ東京の佐久間宣行プロデューサーが「おもしろい」と言えば、おもしろいのである。深夜ラジオで、その佐久間Pが「ハイパーハードボイルドグルメリポート」を絶賛していたので、さっそく番組を見てみた。
 
「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は、テレビ東京が不定期に放送しているドキュメンタリー番組だ。内容は実にシンプルで「世界の最も危険な(イカれた)場所で食べられているメシはどんなものか?」を取材し、スタジオでタレントの小藪千豊氏がそれを見て、消化しきれない感情を胃から吐き出す――というものだ。
 
 取材対象は、「リベリア 人食い少年兵」「台湾マフィア」「アメリカ 極悪ギャング」「ロシア 極北カルト教団」「セルビア “足止め難民”」「ケニア ゴミ山生活者」……など、不安と恐怖しか想像できない“ヤバい奴ら”がずらりと並ぶが、リポートするのはあくまでも「何を食って、どうやって生きているのか」である。
 
 ディレクターは危険地帯に赴き「飯をいっしょに食わせてくれ」と頼む。そんな呑気な相手ではないはずなのだが、ヤバい奴らは「いいよ」という。戦争や犯罪や貧困の報道でもなければ、ジャーナリストの正義感や怒りが込められているわけでもない。おかしなことを依頼してくる日本人の「ただの好奇心」をぶつけられれば、ヤバい奴らにも「俺らのメシを知ってどうするんだ?」という好奇心が生まれるのだろう。
 
 もちろん、食事にいたるまでの時間に、相手のことを根掘り葉掘り聞こうとするが、それも「ヤバい飯の料理人を知り」「ヤバい飯の本当の味」を知るための質問に過ぎない。広義で「レシピを尋ねている」ようなものなのだ。
 
 番組を見れば、そのことがよくわかる。BGMはなく、過剰なテロップもなく、コメントする小藪氏も私服風で、スタジオにもセットはない。取材者の言葉は、交渉のやりとりや、相手との必要最低限の会話のみで、感傷的な独白もあおり文句もない。
 
「好奇心で覗いてみた世界はこうだったよ」と、生々しい「飯」を視聴者の心に置いていくこと、その先は視聴者が勝手に考える――シリーズ全編を通して、構成が徹底されているのだ。

 そんな番組の裏側を、上出遼平ディレクター自らが書き下ろした書籍『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(上出遼平/朝日新聞出版)が刊行された。これまた前述の佐久間Pがラジオで、「まず、上出の体験がおもしろいんだけど、実は文章がめちゃくちゃ上手いんだよ」と言うのだから、読むしかないだろう。

 本書には、番組が生まれたきっかけから、出国前のハプニング、取材地への困難な旅や危険な相手との駆け引きなど、壮絶で濃密な舞台裏のすべてが記されている。文章も、時に詩的で、時に情緒的であり、膨大な取材VTRから番組を編集するプロらしい「切り取り方」や「テンポ感」があって、文章がするすると五臓六腑に染み渡る──“美味い”。詳細は、ぜひ本書を手に取って読んでいただきたいが、テレビ放送だけでは決してわからない、大きな要素をふたつ、取り上げておきたい。

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“それはあまりにも凶猛で、実際僕にはそのにおいの色が見えた。うっすらと黄土色をしたにおいの粒子がわずかに開けた窓の隙間からするりと入り込んで充満したのだ。
 それほど、これまでの人生で経験したことがないほど、臭いのだ。”
(「ケニア ゴミ山スカベンジャー飯」の章より)

 ひとつは「匂い」だ。映像は、材料や調理法、見た目や料理の熱、食べる人の姿を伝えてくれるが、匂いだけは伝えられない。映像でも想像はできるが、体験した人間の言葉は強い。そして――

“この豚の血液が、鉛に侵されているのだ。食ってみたい――。(中略)サクッとした歯ざわりの脂身にまろやかな甘みが生きている。歯ごたえのある肉質は、噛むほどに癖のない滋味が溢れ出る。実に美味い豚だ。”
(「汚染豚」より)

 もうひとつは、「メシの味」だ。極限の地で食べる食事の味、それを欲する著者の好奇心と胃袋の叫びがつづられている。また、ケニアのゴミ山で暮らす18歳のジョセフが、丸1日ゴミ拾いをした対価で買った米と豆で炊いた「赤飯」をふるまってくれた場面では――

“ドライに炊かれた赤飯だ。米は噛むほどに甘みを増し、豆はぷちりと皮が弾けてほろほろと香ばしい。豆を煮る時の塩がほんのりと効いているのが肝要で、全体をしっかり完成されたひとつの料理に仕上げている。”
(「赤飯」より)

「日本語を学びたい。日本人と話したいから」と語ったジョセフは、きっと、いつもより多くの米と豆を買って炊き、「お腹いっぱいだから、食べてみる?」と、赤飯を差し出した。それは、現場にいなかった我々読者にも十分伝わる。

 けれど、本書にはそういう感傷的・感動的な描写はない。テレビと同じく、取材者と被写体のやさしいやりとりが、淡々と記されている。そう、これは最高にハードボイルドな「グルメ本」なのだ。

 本書には、上出Dだけが知り得る「空間の匂い」「飯の味」が描かれている。香ばしいものもあれば、悪臭もある。それらすべてを読み、小藪氏のように絞り出す言葉すら見つからないような気持ちになっても、読者は気づく。

 みんな、飯を食って生きている。みんな、美味い飯が食いたいんだ。飯の前にむき出しにされた命に色はないのだ、と。

 本書を薦めておきながら恐縮だが、まずは番組本編を見てほしい。「自分の好奇心」本位でヤバい世界を覗いてみて、「ここどうなってるんだろう」と感じたことを本書で補いながら、よりハイパーでハードな「ヤバい飯」を味わっていただきたい。『ハイパーハードボイルドグルメリポート』は、新しい旅を経験させてくれるだろう。

 野郎ども、港に別れを告げろ! ヨーソロ!

文=水陶マコト

◆番組公式サイト(https://www.tv-tokyo.co.jp/hyperhard/


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