戦争も会社も遠足も、勝ちは“道理”によって作られる!? 戦いに必要な「兵站」(へいたん)とは?

暮らし

更新日:2020/8/30

兵站――重要なのに軽んじられる宿命
『兵站――重要なのに軽んじられる宿命』(福山 隆/扶桑社)

 新型コロナウイルスとの戦いのさなか、PCR検査を増やすことを、まるで最終兵器であるかのように待望する人が少なくない。曰く、私企業や大学などの研究機関を活用すれば検査数を飛躍的に増やせるというのだが、検体を採取するためには訓練を受けた専門家集団が必要なうえ、検査結果を通知するための人員も確保して体制を整えなければならないのを忘れている。この『兵站――重要なのに軽んじられる宿命』(福山 隆/扶桑社)の書籍タイトルにもあるように、武器だけ集めても戦うことなどできないのだ。

 著者の福山氏は、防衛大学を卒業して陸上自衛隊に入隊した後に外務省へ出向し、大韓民国防衛駐在官を務め、九州補給処処長となり兵站を担った人物で、退官時の階級は陸将だという。1995年に起きた地下鉄サリン事件では連隊長として除染作業の指揮を執り、この時には「兵站」が作戦実行の決め手になることを痛感したと述懐している。

苦しいときは神頼み?

 そもそも兵站とは何なのか、著者はまずシンプルな例として「小学生の遠足」を挙げる。読者も当時に配られたであろう、しおりの持ち物を思い浮かべてみると良い。「お弁当」「おやつ」「飲み水」といった糧食の他にも、「敷物」「折り畳み傘」「雨衣」に、「絆創膏」や持病のある人は薬なども用意したかもしれない。遠足でさえ、これだけの用意をしなければならないのだ。そして出発して帰ってくる「自宅」を、軍隊の場合は「策源地」と呼んで、すべての兵站は策源地を源とし、「ひとりの小学生」は「数万の将兵」に変わり、日帰りの遠足でなく長期にわたる自活を想定しなければならない。

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 著者は次に、旧約聖書にある『出エジプト記』を例に出すのだが、これがなかなかに酷い。エジプトで迫害されていたユダヤ人たちを、指導者となったモーセが脱出させる道中、マラという土地の水が苦くて飲めないと人々が不平を云えば神に祈って甘い水に変えてもらい、食糧不足を人々から訴えられると、神がパンを降らせてくれたおかげで助かるという有り様。降りかかる困難をなんでもかんでも、神の奇跡で解決してしまう。

戦史に見る兵站の理論あれこれ

 本書では「兵站を読み解くカギ」として六つのカギについて解説しており、その中には海洋国家と大陸国家との戦いの構図や、「戦力は地理的な距離が遠くなるほど逓減(ていげん)する」といった理論が紹介されている。用事を果たすのに、何か必要な物をそのつど自宅に取りに戻っていては大変というのは、私たちにも分かりやすいだろう。

 第二次大戦中にドイツが対ソ連に展開した「バルバロッサ作戦」においては、ヨーロッパとロシアとで鉄道のレールの幅が違うため鉄道工事から始めなければならず、兵站補給は専らトラック部隊が担うこととなった。しかし軍のトラックの数が充分でなかったため民間から調達したのだが、トラックの種類自体が約2000と多岐にわたった結果、膨大な補修部品が必要となったうえ、舗装されていない道路で立ち往生する車両が続出する事態に陥った。これでは補給の前の問題だ。戦いには物量が必要とはいえ、数だけを集めても駄目なのである。

短期決戦を考えていた無謀なインパール作戦

 日本における太平洋戦争の最大の失敗は、国力の差が「十二倍」もある米国に戦争を挑んだことにあるとされる。本書でも、戦争の転機となった「ミッドウェー海戦」や、参加した日本兵の多くが死亡した史上最悪の作戦とも云われている「インパール作戦」などを、兵站の視点から考察している。特にインパール作戦においては、短期決戦という方針のもと兵站物資を約3週間分しか用意していなかったそうで、著者は目的地への進出に3週間、現地での戦闘に最小限3週間、作戦後の撤退または防御を続ける次の作戦のために数ヶ月は必要と指摘しており、その無謀ぶりが分かろうというもの。そしてここでも、馬1万2000頭、牛3万頭、象1030頭、羊・山羊など1万頭を準備していたもののあまり役に立たず、前線まで搬送できなかったそうだ。やはり、数だけ揃えても活用できなければ意味が無い。

湾岸戦争における巨大な兵站と周到な根回し

 なによりも兵站を活用するのに、事前準備と周到な根回しが必要だと分かるのが湾岸戦争における米国の対応だ。米国の兵站は二段構えで、平時は米国本土から離れた海域(米軍の海外拠点のある泊地)に兵器や物資を満載したコンテナ船を停泊させている。そして有事には紛争地近くまで移動させるのだが、いずれにせよ荷揚げする場所が必要となる。

 湾岸戦争では、イラクのクウェート侵攻からからわずか五日後に、米軍の駐留をサウジアラビアが認めることによって可能となった。外国人異教徒の入国を厳しく制限しているサウジアラビアが受け入れたのは、ブッシュ大統領自らがサウジアラビアのファハド国王に会って説得したのが功を奏したとされ、多くのイスラム国家にとっては予想外のできごとだったという。人間同士の繋がりもまた、兵站の運用に必要なことなのだろう。

 新型コロナウイルスとの戦いは、当初の予想より長期戦を強いられ困難なものとなったが、それだけに一発逆転の方法に心奪われないよう気をつけたいものだ。

文=清水銀嶺