活字版『モヤモヤさまぁ~ず』か!? 深夜高速バスに100回。寄り道ばかりの“まちぶら”は人生そのもの

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/13

深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと
『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スズキナオ/スタンド・ブックス)

 東京で会社勤めをしていた30代半ばの男性が、大阪に引っ越すのを機にライターに転身した。当然、お金はないが暇だけはいくらでもある。好奇心がひと一倍旺盛でフットワークの軽いその男性が、大阪と東京を8時間かかるバスで往復しながら書き上げたのが、スズキナオ『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)だ。

 著者は気になったスポットを訪れ、出会った人やお店を取材する。廃車になったバスの中にラーメン屋があることを知って、和歌山まで食べに行く。駅名が珍しいというだけの理由で電車を降り、聞きこみを手掛かりに探索してみる。神戸に昼から営業しているスナック街があると聞き、店を回ってみる。

 著者が訪ねる飲食店は大型のチェーン系とは対照的に、昔ながらのメニューや味を長年維持し続ける、マイペースで地元密着型の店ばかり。昨今話題の街中華の魅力も余すところなく紹介されている。創業70年近い店もザラに登場するが、時代の波に呑まれ、取材後に潰れてしまった店もある。

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 味はもちろん、料理人や店員もみな個性的。笹塚の福寿というラーメン屋で、営業は何時までかと聞かれた店長が「麺がなくなったらすぐ閉めちゃうの。それでサイゼリヤでステーキ食べるの(笑)。安いもん、サイゼリヤ。水飲み放題だしさ」と答える。こういうつっこみどころが含まれているのも、本書の魅力である。

 テレビ番組で言うなら、『ぶらり途中下車の旅』や『モヤモヤさまぁ~ず』『鶴瓶の家族に乾杯』、少し古いが『DAISUKI!』などの「まちぶら番組」に近いことを、活字で実践しているよう。そして、テレビ同様、その場その場での寄り道が味になっており、予測していなかった寄り道がいつの間にか本筋になったりもする。行き当たりばったりでノープランで先が読めない。そこがいい。

 そもそも人生なんて予期せぬ出来事の連続で成り立っているわけで、完全に思い通りになることなんて稀。だったら、日常生活の中で起こるハプニングを楽しみ、時に押し寄せるビッグ・ウェーヴに乗ってみるのも悪くないんじゃないだろうか。

 また、ちょっとした非日常を味わうような企画モノも面白い。友達の実家に赴いて、適当な具体で家系ラーメンを作ってもらう。ジャンボフェリーを最高にリラックスできる「海上の酒場」に見立て、至福の時を味わう。スーパーの半額値引き肉だけでステーキパーティーを楽しむ、等々。

 著者はありとあらゆるシチュエーションで、常に面白がろうとしている。金欠のためとしまえんで入場料を払えず一瞬肩を落としながらも、すぐにスウィッチを切り替え、発泡酒片手に周辺を散歩。決して文句や愚痴を言わず、最終的にいい1日だったと締め括る。

 著者は、「考え方次第で、なんでもない日々を少しぐらいは楽しいものにすることができるという思いは確信に近い」と述べている。海外旅行でド派手に豪遊するのも悪くないだろうが、自分にとってかけがえのないものになる場所は、身近にいくらでもあるはず。「ここではないどこか」は気づいていないだけで、案外すぐ近くにあったりするのではないだろうか。

文=土佐有明