人間に擬態する“惑星難民X”を受けいれた世界。けれど3人の女性の日常を揺るがすのは、人間の暴力性だった……小説現代長編新人賞受賞作!『隣人X』

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/8

隣人X
『隣人X』(パリュスあや子/講談社)

 惑星生物X――人間の見た目から考え方、言語まであらゆる要素をスキャンして、完璧に擬態することのできる宇宙生命体。彼らを難民として地球に受け入れることが決定した世界が舞台の小説と聞けば壮大なSFファンタジーを想像するかもしれないが、小説現代長編新人賞を受賞した『隣人X』(パリュスあや子/講談社)は違う。

 同じ人間であっても、同じ日本人で同じ言語を使っていても、理解しあえない他者はいる。恋人や家族でさえ、ふとした言動をきっかけに、まるで見知らぬ他人のように思えてしまうことはある。そうした、文字どおり“隣に在る人”の不可解さと不鮮明さを3人の女性を通じて描きだす、現代社会と地続きの作品だ。

 新卒派遣社員として大手企業に勤める土留紗央は、自分の“分”をわきまえている醒めた女性。大それた夢は語らず、地道にコツコツ働いて、奨学金の返済をし、小説や脚本を書きたいという願いは趣味にとどめ、それなりに安定した生活を送っている。就職氷河期世代で、コンビニと宝くじ売り場のかけもちバイトで暮らす柏木良子は、流されるままに男と関係をもってきた過去はあれど、今は年下の恋人・笹との関係を大事にしたいと思っている。良子と同じコンビニで働くベトナムからの留学生グエン・チー・リエンは、外国人であるがゆえに受ける“区別”に傷つきつつも、バンドマンの恋人・拓真との関係にささやかな幸せを見出している。それぞれの日常は、紗央の落とし物をきっかけに少しずつ交錯していく。

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 3人とも、日常に大きな不幸があるわけではない。けれどそれは、それぞれが他者に溶け込み、誹りを受けないよう、目立たずひっそりと生きてきた結果だ。それなのに、誰にも迷惑をかけず、懸命に日々を過ごしているだけでも、彼女たちを打ちのめす出来事は訪れる。たとえば紗央は、親切にしてくれた男性にうっかり警戒心を解いてしまったがゆえに、ナイフを突きつけられた。良子には、やはり信頼していた男性に、暴力をふるわれた過去があった。リエンも、「何言ってるかわかんねー」と嘲笑される苦しみを、他でもない拓真に味わわされて涙をこぼす。

 人々は、日常にするりと溶け込み、何食わぬ顔で暮らしているらしい惑星難民Xに、拒絶の意を示したり排斥したりしようとする。それは、彼らが得体のしれない異物で、自分たちに害を及ぼしかねないと思うからだ。けれど、それは果たして、Xだけなのだろうか。通りすがりの他者だけでなく、信頼を培ってきた相手にさえ、唐突に暴力をふるわれることもある世界で、誰のことならちゃんと知って、理解できていると言えるだろう。自分のことすら明確に表現することができず、息をひそめ、誰にも知られぬよう、感情を押し殺していたりするのに。むしろ“同じ”だと信じすぎているときのほうが、互いに傷つけあう結果になりはしないだろうか。

 やがて良子を中心に起きる惑星難民Xをめぐる騒動は、私たち一人ひとりが誰かにとっての他者であり、異物であり、害を及ぼしかねない隣人Xなのだと突きつける。それでも平和を望み、他者と手をとりあい生きていこうとする3人の女性の姿に、希望を抱かせてくれもする小説だった。

文=立花もも