「体は男子、でも心は女子?」セーラー服で登校するクラスメイトと“心友”になった少女の重すぎる決断とは

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/22

世界から守ってくれる世界
『世界から守ってくれる世界』(塚本はつ歌/産業編集センター)

 父と母の関係が悪化しつつある家庭に心を痛める中学2年生の薫子。そのクラスメイトで、自らの性的違和をカミングアウトした中鉢。互いの悩みに共感しあう2人は、この世界で自分たちが生きていくための最良の道を模索するのだが…。

〈生活の、もっと身近に小説を〉というコンセプトのもと、2013年に創設された文学賞“暮らしの小説大賞”。既存のジャンルにとらわれず、自由な発想の物語と才能を数多く発掘してきた同賞の第7回受賞作品である『世界から守ってくれる世界』(塚本はつ歌/産業編集センター)が、大好評発売中だ。

 表紙に描かれている美しい顔立ちの人物――中鉢は、ある日のホームルームで、突然クラスのみんなの前で宣言する。

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「わたしはいま男子の格好をしていますが心は女です」と。

 成績も優秀ならスポーツも得意。穏やかな性格で誰からも好かれる美少年の中鉢は、それまでもクラスの中で確たる存在感を示していた。しかしその衝撃の宣言以来、新たな意味で独自のポジションを築いていく。

 自分のことを「わたし」と称し、学ランではなくセーラー服を着て登校しはじめ、女性的な仕草や振る舞いをするようになる。

 担任教師は戸惑いつつも、中鉢の「違い」を認めてあげようと生徒たちに説き、彼らもまた中鉢を差別したり、変な目で見てはいけないと分かっている。だけどそれは頭の中での理解であって、自分自身の実感として分かっているわけではない。

 そういったことに薫子は中鉢によって気づかされ、気づいたことから世界を見る目が変わりだす。

 中鉢が自分自身の性別に違和感を抱いているように、薫子もまた自らの中の女性性と折り合いがつかない状態にある。性という枠組みに加え、家族という枠組みにも縛られている2人の心は近づきあい、互いが互いにとってかけがえのない存在にまでなってゆく。

 そして、限界まで追い詰められた中鉢がシェルターに保護された後、薫子は、ある決断を迫られる。それは14歳の彼女にとってはあまりにも重い、だけどこの世界と互角に渡りあうための第一歩となる決断だった――。

 本書には相反しあう幾つものテーマが内包されている。男性性と女性性、子どもと大人、愛と憎しみ。そして教育と虐待。

 それらは半円の形を成していて、2つあわさって円になる。一見すると反対のようでいて、実はつながっている。そのつなぎ目が美しいグラデーションをつくり世界を彩っていく。

 薫子のまなざしを通して、作者のそうした肉声が鮮やかに伝わってくる。ナイーブな心を毒舌で隠す薫子の語り口は、軽妙にして繊細だ。どんなに深刻な事態になっていこうとも、どこか、おかしみがある。

 だけどそれは単なる饒舌ではなくて、薫子の、そして作者の、センチメンタルに溺れまいとする美意識からきているように思われる。そんな佇まいが、この作品に独特の生真面目さと品格をもたらしている。

 さまざまなことを経験して自らを刷新していく薫子。ラストシーンの彼女の目には、どんな光景が映っているのだろう。それはきっと、この物語の題名のような世界なのではないだろうか。

文=皆川ちか