「こんなにも、切ない秘密があるのだろうか」神木隆之介――互いの秘密を共有する男女2人の青春ストーリー【ポプラ社小説新人賞特別賞】

文芸・カルチャー

公開日:2020/11/10

ふたり、この夜と息をして
『ふたり、この夜と息をして』(北原一/ポプラ社)

 化粧をして欠点を覆い隠すことで、初めて、この世界で生きることを認められたような気がした。素顔を隠して、他所行きの自分を作り上げなければ、外を歩くことすらままならない。強いコンプレックスをもつ人の中には、化粧をすることに救われたという人も多くいることだろう。だが、化粧に限らず、男にしろ、女にしろ、人は誰だって、世の中で生きるために、自分の素顔を隠す術を身につけているものではないか。誰にだって知られたくない素顔がある。悩みなんてないように見えるあの子にも、もしかしたら、人には言えない秘密を抱えているのかもしれない。

 他人には絶対に知られたくない秘密を、もし、クラスメイトに知られてしまったとしたら…。『ふたり、この夜と息をして』(北原一/ポプラ社)は、互いの秘密を共有することになった少年少女の青春ストーリーだ。第9回ポプラ社小説新人賞特別賞を受賞、俳優・神木隆之介さんも帯にコメントを寄せているこの作品には、悩みを抱える高校生の心が瑞々しく描き出されている。人とのかかわりを避けてきた男子高校生と、誰とでも分け隔てなく接することのできる女子高生…。秘密を共有し合いながらも、どこまで踏み込んで良いものかと思い悩む2人の姿は、なんとももどかしい。

 主人公は、男子高校生・夕作(ゆさ)まこと。彼の顔には、生まれつき、大きなアザがある。かつてはアザが原因でいじめられ、登校拒否になったこともあった。そんな夕作に、祖母が教えてくれたのが、化粧。以来、化粧でアザを隠すようになった夕作は、化粧をしていることがバレるのを恐れ、誰ともかかわらずに高校生活を送っていた。そんなある日、新聞配達のアルバイトの帰りに、夕作は、クラスメイトの女子高校生・槙野志帆がタバコを吸っているところを目撃してしまう。不良ではない槙野がタバコを吸うのには、なにか理由があるらしい。また、偶然にも夕作は槙野に化粧をしていることを気付かれてしまい、2人は互いの秘密を共有し合うことになってしまった。

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 長い黒髪、女子にしては高めの身長、大人びた雰囲気…。そんな槙野は、冷めているわけでもなければ、必要以上の熱もなく、どんな時でも落ち着いている女の子だ。夕作が化粧をしていることを知った時も、槙野は、「びっくりした」と言いながらも、なんでもないことのないような態度で受け止め、どうして化粧をしているか聞くことはしなかった。男なのに化粧をしているということがバレたら馬鹿にされるに違いないと思っていた夕作は、槙野の態度にどれほど救われたことだろうか。

 槙野に救われたのは彼女の友人たちも同様だ。高身長、坊主頭で野球部に所属しながらも、みんなに内緒で音大を目指している遠藤。槙野といつも一緒にいる女友達の竹田理央と野中友子…。彼らも、槙野の優しさに心地よさを感じていた。しかし、槙野は、誰にも自分の秘密を明かさない。「タバコを吸っている」という事実すら夕作以外は知らない。それでも、友人たちは、槙野が何か悩みを抱えていることを察し、槙野のことを心配している。夕作も、槙野やその友人たちと接するようになるにつれて、どうにか槙野の力になれないものかと思い始めるのだが…。

 友人だからといって、自分のすべての秘密を明らかにする必要はないだろう。だけれども、「この人なら信じられる」という人に出会えたならば、ほんの少しだけでも、素顔を見せてみても良いのかもしれない。もし、相手がすべてを受け入れてくれたとしたら、その相手はかけがえのない存在。マイナスの感情を抱えた2人が、偶然秘密を知り、関わり合って、前向きな心を取り戻していく。そんな奇跡に胸が熱くなるのはきっと私だけではないはずだ。子どもから大人まで多くの人の心に響く1冊だろう。

文=アサトーミナミ