「お宿如月庵へようこそ」シリーズが心に沁みるワケ。1巻から振り返る! 最新刊の読みどころは?

文芸・カルチャー

公開日:2020/11/11

湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ 十日夜の巻
『湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ 十日夜の巻』(中島久枝/ポプラ社)

 舞台はお江戸。上野広小路から湯島天神に至る坂の途中にある、知る人ぞ知る小さなお宿・如月庵を舞台に、さまざまな騒動を描き出すのが小説「お宿如月庵へようこそ」シリーズ(中島久枝/ポプラ社)だ。

 中心となるのは、火事で焼失した勤め先から行方不明になった姉を探す少女・梅乃。姉以外に身寄りがなく、途方にくれた彼女は、おかみのお松にさそわれて如月庵の部屋係に。ところが如月庵にはときどき、腹に何かを隠し持った一筋縄ではいかない客が訪れる。それどころか、お松をはじめとする宿の人間たちもまた、人には言えない秘密を抱えている。そんななか、何が起きてもお客のために提供できる最上のおもてなしとは何かを、梅乃は学んでいくのだ。

時代ものを読むのは初めて。どっぷり時代小説ではないので、初めての私でも読みやすかった。主人公の梅乃の成長が切なくもあり、微笑ましくもあり、感情移入してしまった。気がついたら応援していた。話の中に出てくる料理も美味しそうで、我が家の献立の参考になると思った。きっと次回作でも様々なことが起こり、その度に梅乃の成長する姿が見られるのだろう。次の話が楽しみだ。(のんこ)

こんな宿に泊まってみたい。ごはんがすごく美味しそう。(あつ)

 と読書メーターに寄せられたとおり、梅乃の奮闘に心打たれる第1巻『湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ』。その成長を支えてくれるのが、板前・杉治の手による心づくしの料理だ。たとえば、釜の底に残ったごはんに香りのいいわかめを火鉢でかるくあぶってもんで混ぜたものに、かつおだしをきかせたそばつゆを温めて、とろみをつけた葛と溶き卵を混ぜてつくったお汁。ほとんどが客に提供されるものだが、おいしくて温かい食事のある光景が、梅乃の心を癒していく。

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 女中頭の桔梗に焦点があてられる第2巻『湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ 三日月の巻』。彼女が過去にかかわりをもった、とある人がお客として訪ねてくるのだが、その顛末が明かされるのはラスト。ほかにもやっぱり、さまざまに事情を抱えたお客が顔を出す。

女中頭の桔梗の過去に触れるパートといつもの如月庵の日々を描くパートが交互に書かれており、シリアスとほんわか、2つの雰囲気を楽しめて良かった。完璧な母親を越えられない女将の珠江の話はお気に入り。今までのやり方を変えちゃいけないわけじゃないことに気づいて珠江が笑顔になれて良かった。(ダイアナ)

ほっこり系料理のおいしい本かと思いきや、人情もの。結構深刻なエピソードもあるが、軽い語り口でちょうど良い辺りへ解決していくのが重くなくていい。わんこが健気な「犬好きに悪人はいない」が好き。(ショコラテ)

 1巻で梅乃自身の問題が解決したからか、よりいっそうお客たちの抱える事情にひそむ、切なさややるせなさが匂いたつ。だからこそ、踏み込んではいけない一線があると知りながら、それでも自分にできる限りのことをと心を尽くそうとする梅乃の姿もきわだつのだ。

 3巻『湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ 上弦の巻』の軸となるのは、如月庵の生き字引である下足番の樅助。3年も前に訪れたきりの客のことはもちろん、江戸のことなら聞けばなんでも答えられる老人だが、なぜか最近ものおぼえが悪くなり、それには彼のある過去がかかわっているようで……というのが同作の秘密。

樅助ほどの記憶力の持ち主も、忘れたい強い思いが記憶に蓋をすることがある。今回のキーワードは記憶。お篠も現実を受け止めきれずに、嘘の記憶を作ってしまう。人は自分の心を大きな苦しみや悲しみから守るために、無意識に記憶をすり替えたり、無いことにしてしまったりする。そんな時にもこのお宿は、さりげなく癒してくれる。(みかくろ)

シリーズ第三弾。いいですね、タイトルの副題が。第二弾は三日月で今回は上弦の巻。樅助の過去の出来事も語られたり、お宿での結納の席にておならの音が…。好き同士の2人なのにご破算になるのか。梅乃たち女中が大事なお客のため奔走する。その顛末にニヤリと。梅乃と紅葉それぞれの恋も上がったり、下がったり。今回もほっこりと読了。(タイ子)

今回の話は、下足番の樅助の過去が興味深かった。樅助と亀吉との過去や、その後に起こった事は、今だから分かる切なさもあったり、しかしながら、起こしてしまった事は消すことが出来ない。そして、梅乃と紅葉は、相変わらず元気で如月庵の戦力にもなってきました。梅乃の淡い恋心は、残念ながらダメでしたが、元気を貰えるシリーズです。(2tone)

悩む樅助を気にしつつ如月庵の部屋係の紅葉と梅乃は、いつも通りお客様の面倒事に体当たりだ。やり過ぎて叱られながらも解決しているし、樅助の記憶力も戻ったのでよかった。ただ「お姉さんが幸せになりますように!」という願いは叶いそうだが、梅乃にはちょっと切ない結末だったなー。煩悩だらけの私に「月の巡転するが如く自心も無窮なり/月がめぐるように執着の心を持たないように」が響いた。(たんぽぽ)

 如月庵がもてなし癒すのは客だけでなく、働く人たちの心も同じ。梅乃も、おなじく部屋係の紅葉も、桔梗も樅助も、みなそれぞれ過去に負った傷を、如月庵での日々を通じて未来を生きる力に変えていく。

 そして、このたび刊行された待望の第4巻『湯島天神坂 お宿如月庵へようこそ 十日夜の巻』で描かれるのは、板前・杉治の過去だ。体は大きいのに俊敏で、さまざまな武芸を身につけており、料理の腕が抜群なのはもちろん全国の料理に精通しており、お客の故郷や好みにあわせて味付けを変幻自在に変えられる。けれどどんなに客に請われても顔を見せることはないし、誰にも過去は話さない。そんな彼が暴れ馬を制してひらりと飛び乗り、幼い子供を救ったところから物語は始まる。

 実は誰かに追われているらしい彼の物語を挟み込みつつ、いつもどおり、ワケありのお客の物語もまた進んでいく。とくに第4話「人形と旅する男」にほだされてしまった梅乃の姿は、既刊を読んできた人ならぐっと胸にくるものがあるだろう。

「あんたの耳は聞きたいことしか聞かないし、あんたの目は見たいものしか見ない」というのは紅葉が梅乃に放った言葉だが、第1巻で明かされた紅葉の過去と、それに寄り添っていた梅乃の関係を思えばなおさら切ない。人の心はほんのちょっとのことで簡単に転ぶ。いいほうにも、悪いほうにも。だからこそ安らかに心をととのえてくれる如月庵のような場所が必要なのだと、しみじみ感じさせられる最新刊だった。

文=立花もも