ビル・ゲイツも感動!5分でうんちが「飲料水」になる汚水処理装置とは?

暮らし

公開日:2021/1/27

うんちの行方
『うんちの行方』(神舘和典、西川清史/新潮社)

 このうんちは、どこでどう処理されるんだろう――。トイレで爽快な気分になった後、ふとそう思ったことがある。下水道に流れていくことは分かるが、最終的にどうなるのかは全く見当もつかない。自分から出たものなのに、「出したら終わり」だと思っている。私たちはあまりにも、うんちに対して無知だ。

 だから『うんちの行方』(神舘和典、西川清史/新潮社)は書籍名からして、惹きつけられた。本書はいわば、うんちの教科書。著者らは下水の臭いを嗅いだり、汚水処理場に足を運んだりし、「うんちの世界」を徹底取材。あっと驚く新技術や最新のトイレ事情にも触れつつ、うんちの奥深さを伝えている。

■意外と知らない鉄道のトイレ事情

 ユニークな世界を覗く前にまず、「うんちとは何か」を正しく理解する必要がある。食べ物の残りカスが体外へ排出されたものがうんちだと考えている人は多いはず。しかし、厳密には個人や健康状態による差はあるものの、うんちの7~8割は水分。いわゆる“実”の部分は2~3割しかない。実の半分くらいは腸内細菌で、もう半分は繊維質をはじめとする消化されなかった食べ物だ。

advertisement

 なんとも言えないあの臭いは、腸内で消化・発酵された結果生成されるインドール、スカトール、硫化水素、アンモニアという物質のため。

 こうして体外に排出されたうんちがどうなっていくのかが本書には詳しく記されているのだが、著者らは家庭用トイレだけでなく、公共交通機関にも目を向け、感慨深い事実を教えてくれる。

 例えば、JR東日本の車両内のトイレは基本的に、タンクを真空状態にして便器から水洗で流された排泄物を一気に吸い取る、真空式トイレを採用している。真空式トイレのメリットは洗浄水が少なくて済み、臭気対策に優れていること。タンクに溜まった排泄物は車両基地で抜き取られ、下水処理場へ運ばれる。なお、真空式トイレは日系の航空機をはじめ、さまざまな乗り物でも広く活用されているという。

 こうした事実と共に綴られているのが、現在のようなトイレになるまでには多くの人の努力があったということ。日本では明治時代から約120年間、車両内のトイレは便座からそのまま線路に排泄物を落下させる「開放式」という方法がとられていたため、「黄害」と報道され、沿線の住民からはクレームが殺到、職員たちはその対応に悪戦苦闘していたという。

 さらに、線路の安全を確認しメンテナンスを行う保線の職員から訴訟を起こされたこともあった。実際、保線ひと筋40年の旧国鉄職員Iさんは、通り過ぎていく列車から飛ぶ屎尿を何度も顔に浴びながら作業していたと語っている。

 こんな旧国鉄職員らが語る当時の生々しいエピソードを知ると、自宅はもちろん、公共交通機関を使用している時にも躊躇なくトイレに駆け込めるという幸せを痛感する。

■5分でうんちが飲用水になる汚水処理装置

 うんちは単なる汚物として見られやすく、目を背けられがちだ。しかし、その可能性に着目してみると、人の命を救うことができるかもしれない。そう感じたのが、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツのアイデアだ。

 日本はトイレ先進国だが、海外の開発途上国ではトイレがないことや不衛生であることから感染症が広がり、多くの人命が失われている。そこでビル・ゲイツは開発途上国の死者数を減らすべく、約2億ドル(約210億円)を投じ、新しい汚水処理装置の開発を依頼した。

 依頼を受けたのは、軍事用の機密部品を作っているジャニキ社。18カ月かけて生み出されたのは水も電気も使わず、排泄物を溜めるタンクもいらない「オムニプロセッサー」という装置。

 オニムプロセッサーには、3つの特徴がある。

(1)ウンチの水分は蒸気にする。固形物は燃やす
(2)自己発電。蒸気エンジンで汚水処理装置に電力を供給する
(3)蒸気の水は飲用にする

 オムニプロセッサーはうんちを5分で飲用水にできるという、無限の可能性を秘めた汚水処理装置だ。

 そんな新しい汚水処理装置は、なんと我が国のLIXILが試行錯誤を繰り返しながら製品化を目指しているというから驚き。うんちに目を向けることで救える命がある――。そう知ると、トイレに向かう時の気持ちも、なんとなく変わりはしないだろうか。

 他にも本書には、我が国のトイレ史が紹介されていたり、日本で最初の汚水処理場への潜入記が記されていたりして、さまざまな角度からうんちの奥深さを知ることができる内容になっている。茶目っ気のある文体からは、著者らが全力で楽しみながら、うんちを掘り下げていたことがうかがい知れ、クスっとさせられもする。

文=古川諭香