人気絶頂の舞台から失踪した歌舞伎役者の事情とは…京都祇園を舞台に悩める人々を「粋」に差配!

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/25

京都祇園もも吉庵のあまから帖3
『京都祇園もも吉庵のあまから帖3』(志賀内泰弘/PHP研究所)

「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動代表で、月刊紙『プチ紳士からの手紙』の編集長もつとめる作家・志賀内泰弘さんの小説『京都祇園もも吉庵のあまから帖』シリーズ(PHP研究所)は、とにかく品のよい優しさに満ちている。

 タイトルどおり、京都祇園を舞台に、元芸妓が女将をつとめる甘味処・もも吉庵を訪れる人々の、人生の酸いも甘いも描き出す人情物語。もも吉、というのは元芸妓の名前だ。祇園でナンバーワンだった娘・もも也が芸妓をやめたのを機に、もも吉は営んでいたお茶屋を廃業し、一見さんお断りの甘味処の女将となったのだ。

 彼女のもとには、いまだ、京都中から相談が持ち込まれる。38歳のもも也――美しきタクシードライバーに転身した美都子もそのひとり。シリーズ3巻目となる『京都祇園もも吉庵のあまから帖3』(PHP研究所)で、美都子がもも吉に持ち込んだのは、かつて、母とふたりでもてなした歌舞伎役者・長谷川七之介について。とある事件をきっかけに、人気絶頂の舞台からおりて失踪してしまった彼を、観光案内中に美都子は偶然見つけるのだが……。

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 長い年月をかけて膿んだ傷や絡まった想いを癒やし解きほぐすのは、もも吉による「粋」な差配だ。自分の問題を解決できるのは自分しかいないけれど、人はひとりでは生きられないし、気づかないところで誰かに支えられている。決して出しゃばらず、けれど人情の機微を読んで、他人のためにさりげなく尽力する。そんな人として粋なありようを、もも吉は貫禄をもって示し、ものごとをよい方向へと導いていくのだ。

 もも吉には及ばずとも、その血をひいた美都子も同じ。本作で描かれる、幼なじみの弟分・隠善から向けられる想いのかわしかたなどは、まさに粋ないい女。2巻で、彼女の切ない過去の恋が明かされただけに、ぜひとも隠善にはがんばってほしいところだけれど、寺の住職息子としては有望でも、こと恋愛面では精神的におぼこいので、なかなか前途多難そう(だからこそ応援したくもなるのだが)。

 恋、といえば老舗和菓子店・風神堂で社長秘書をつとめる朱音にも春の訪れの気配が。要領がわるくてのろまな彼女のふるまいは、おばあちゃん子だったせいか、やたらと老人たちの目に留まる。といってもただの老人ではない。世の裏も表も知り尽くした歴戦の猛者たちだ。

 彼らに褒められるたび、朱音は「ふつうのことをしているだけ」と謙遜する。たしかに彼女のなすことは、特別な技能を必要とするものではないけれど、常に丁寧に周囲への気配りをまっとうするなんて、誰にでもできることではない。どんなに慌ただしくても、誰にも求められなくても、朱音は「気張る」ことをやめない。独りよがりに「頑張る」のではなく、周りを気遣って張りきる彼女もまた粋な女性のひとりである。今作では、そんな彼女の魅力に気づく老人ではない男性が登場するので、要注目だ。

 もも吉のふるまう麩もちぜんざいが、汐吹昆布に甘さをひきたてられるように、現実に疲れきった人の心にほど、本作の優しさは沁みる。なお、麩もちぜんざいが食べたくて仕方のない人には、巻末に著者から粋なサプライズが仕込まれているので、お楽しみに。

文=立花もも

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