これぞ究極の純愛小説! 余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/23

※「ライトに文芸はじめませんか? 2021年 レビューキャンペーン」対象作品

余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話
『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』(森田碧:著、飴村:イラスト/ポプラ社)

『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』(森田 碧/ポプラ社)は、高校1年の冬、心臓に腫瘍がみつかり余命一年を宣告された秋人が、通院先の病院で、やはり余命宣告を受けた同い年の春奈に出会うという、果てしなくピュアな恋の物語。

〈死を意識するなんて、もっと何十年も先だと僕は思っていた〉という秋人も独白するように、ほとんどの人は、自分があたりまえに大人になって、老人になってから死ぬと思っている。それが16歳で、あと1年しか生きられないと言われたら――。自分だったらどうするだろう、と考える。最初は泣いて、怒って、とりみだし、そして疑うのではないだろうか。本当に死ぬの? え、嘘じゃない? と。そうして、実感のないまま日常に戻り、けれど戻りきれないまま、一日、また一日と過ぎていくことに不安と苛立ちを覚えるだろう。秋人のように。

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 物語は冒頭から、淡々と進んでいく。それは秋人が絶望しているからでも諦めてしまっているからでもなく、気が緩むと爆発しそうな感情を懸命に押し殺しているからだ。幼なじみの2人に「最近、様子が変だ」と心配されても、打ち明けることができなかったのは、できることなら何もなかったことにして、“普通”の高校生でいたかったからだし、ひとたび口にしてしまえば、死を恐れる以外に何もできなくなりそうだから。

 だから、ほとんど初対面の秋人にさえ「あと半年しか生きられない」とさらりと言ってしまえる春奈に惹かれた。そして、彼女と一緒にいるときだけは、“もうすぐ死ぬ”ということがむしろ“普通”であるということに、どこかほっとしていたのではないだろうか。反面、自分の病について春奈に隠し続けたのもまた、病になる前の“普通”……これまでどおりの自分でいたい、という思いの表れでもあっただろう。そして結果的に、“普通”の男の子と親しく過ごす日々こそが、春奈にひとときでも病を忘れさせてくれたのである。

 余命いくばくもない少女に恋する少年の映画を観たときは、死ぬとわかってて恋するなんてとシニカルな感想を抱いていた秋人は、春奈と過ごすうち、恋をするというのは理屈ではないのだということを知っていく。春奈の喧嘩別れした親友をむりやり見舞いにこさせたり、ガーベラの花束には意味があると知りながら、欠かさず春奈に差し入れたり。それまでの自分ではきっと躊躇していただろうことすべてに必死になれたのは、その恋が期限付きだからだ。2人が約束した夏祭りの花火のように、ドラマティックで華々しいけれど、盛大に打ちあがって終わることがわかっているもの。その儚さのなかに読者は美しさを見出すのだけれど……本当は、期限なんてなくても、人は大切な相手のために、いつだって必死にならなくてはならないのだと思う。秋人と春奈が思いもよらぬ余命宣告を受けたように、いつ、自分や相手がいなくなってしまうともしれないのだから。

 ちなみにこうした“余命”もので読者が気になるのは「本当に死ぬのか?」というところだろう。現に、秋人には心臓手術の話が舞い込むが……。タイトルのようにわかりやすくはない2人の恋の結末は、ぜひ読んで確かめてみてほしい。

文=立花もも

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