“人魚伝説”の眠る島で出会った男子と自然派少女の、ピュアで切ないラブストーリー 『僕といた夏を、君が忘れないように。』

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/21

僕といた夏を、君が忘れないように。
『僕といた夏を、君が忘れないように。』(国仲シンジ/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 難関美大を目指す高校3年生の海斗は、絵画コンテストに応募する絵を描くために、沖縄の離島、志嘉良島へやってくる。そこで出会った同い年の少女、風乃に島を案内してもらううち、元気で明るい彼女に惹かれていく。やがて島に伝わる“人魚伝説”をモチーフに、風乃への想いの丈を込めた創作に取り組むが――。

 日本最大級にして最高倍率を誇る小説コンテスト、電撃大賞。数多くの人気作家がここから誕生し、たくさんの名作・傑作・話題作が発表されてきた。第27回となる本年度、4355本の応募作の中から輝ける《メディアワークス文庫賞》の座を射止めたのが、南の島を舞台にしたボーイミーツガール物語『僕といた夏を、君が忘れないように。』(国仲シンジ/メディアワークス文庫/KADOKAWA)だ。

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 主人公の海斗は、かつて神童と呼ばれていた。

 小学1年生で絵を描きはじめ、数々の絵画コンクールで賞を獲り、周囲はもちろん自分自身も、その才能を疑っていなかった。しかし、ある出来事をきっかけに、思いっきり絵を描くことを恐れるようになってしまう。唯一無二の神童から、無個性な絵しか描けない秀才となった彼は、志嘉良島に着いたその日の晩、浜辺で人魚を思わせる少女と遭遇する。

 その少女、風乃は、これまで海斗が出会ったことのないタイプの女の子だった。

 躊躇することなくウミヘビを手づかみし、いつも半袖シャツと短パン。スマートフォンを持たず、化粧もせず、生まれ育ったこの島を心から愛している。

 海斗が創作旅行で志嘉良島へ来たと知り、協力を買って出る風乃。絵心が刺激されるような風光明媚な場所を風乃と共に巡っていく過程で、彼は彼女に恋をしてゆく。

 初めての恋に戸惑い、風乃からの不意打ち的なキスに混乱し、心をかき乱される海斗。しかし同時に、頑なに守っていた自分の殻が少しずつ剝がれていくのを自覚する。風乃と一緒に崖から飛び込んだ海の水の冷たさ、海中に射し込む光のグラデーションの美しさ、肌にふれる風の心地よさ、盛大な蝉の鳴き声。

 志嘉良島で過ごすうちに五感が研ぎ澄まされてきて、これまでにない創作衝動が自分の中から生じてくる。その中心にいるのは、もちろん風乃だ。

 風乃を描きたい――そんな思いで海斗は絵筆を握る。

 繊細な恋愛部分はもちろんのこと、沖縄の情景の豊かさにも心が奪われる。

 空気の匂いや雨の湿りけ、色鮮やかな木々と花々、石垣島の街中の独特の雰囲気、美味しそうな沖縄料理。いずれも表現が粒立っていて、読みながら沖縄を訪れているような気分になる。

 ちなみに著者の国仲シンジさんは石垣島の出身だ。それだけに、ディテールのひとつひとつにリアリティが宿っている。

 風乃のモットーは「今、この瞬間にしたいと思ったことを全部する。後悔しないために」。

 その言葉には、ある厳しい決意が秘められていた。そんな彼女の本心にふれたとき、海斗の中の感情は「恋」から「愛」へ変化する。そして、生まれて初めて命を懸ける行動に出る。

 誰かを深く愛することで、新しい自分になる。少年は少女と出会ったことで、未来を描く勇気を獲得する。どこまでも切実で、みずみずしいほど純粋なラブストーリーに、読んでいくうちに自分の心が潤ってゆくのを感じた。

文=皆川ちか

『僕といた夏を、君が忘れないように。』詳細ページ

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