カフカ、星新一、萩尾望都…「ひきこもり」がテーマの必読名作群――部屋の中で、何が起きるの

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更新日:2021/4/1

ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語
『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』(頭木弘樹/毎日新聞出版)

『ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語』(毎日新聞出版)は、カフカやゲーテの翻訳もある文学紹介者・頭木弘樹氏が編んだアンソロジーだ。主人公が特定の空間に長時間幽閉されたり、孤独と向きあったりしてきた作品を並べたもので、小説のみならず、手紙や日記、詩や漫画なども所収している。

 カフカ、星新一、萩原朔太郎、エドガー・アラン・ポー、萩尾望都らの作品を、「ひきこもり」というキーワードのもとに同一線上に並べ、一冊の本に編む。まず、その頭木氏の卓越したセンスと審美眼に感服させられる。頭木氏が偏愛し、世に知らしめたいと考えた作品で構成された本書は、「図書館」というよりは頭木氏の「セレクトショップ」を覗いているようだ。

 実際、筆者は本書をきっかけに未読だった作家や作品に触れ、読書欲をおおいに刺激された。特に、自国ではすでに評価の高い韓国の小説家、ハン・ガンの掌編「私の女の実」には感嘆させられた。そのシュールでいびつな作風は、日本で言えば村田沙耶香などに近いだろうか。

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 なお、頭木氏は20歳の時に難病になり、13年間ひきこもり状態だったという。その時に読んだカフカの作品が救いとなったそうで、本書でも序盤にカフカの言葉が引用されている。ひきこもりという言葉がなかった頃から、彼の手紙や日記には尋常ではないひきこもり願望がこめられている。いくつか引用してみよう。

ぼくはひとりで部屋にいなければなりません。床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように、ひとりでいれば何事も起こらないからです(婚約者フェリーツェへの手紙)

ひとりでいられれば、ぼくだって生きていけます。でも、誰かが訪ねてくると、その人は僕を殺すようなものです(恋人のミレナへの手紙)

孤独はぼくにとって、唯一の目標であり、最も心ひかれるものであり、可能性をもたらしてくれるものだ。にもかかわらず、これほど愛しているものを、ぼくは怖れている(親友ブロートへの手紙)

 婚約者がいながら、彼女らに寂しいアピールを繰り返すカフカ。親友も恋人もおり、会社でもうまくやっていた「リア充」である彼はしかし、常に深い孤独と絶望を感じて生きていた。そんな彼の心性は、今風に言うと「中二病」や「こじらせ」とでも言い換えられるだろう。時代が変わっても、カフカ的なメンタリティは連綿と受け継がれてきたのだと分かる。

 こうしたカフカの重たい言葉が一般的な「ひきこもり」のイメージに近いのだろうが、本書にはそれとは対照的な作品も収録されている。その最たるものが、病気で2か月寝床に臥していた萩原朔太郎の「病床生活での一発見」だ。

 病床から出られない朔太郎はしかし、床にさした山吹の花を終日飽きずに眺め、天井にいる一匹の蠅を延々と注視し、昼食の菜を空想する生活におもしろみを感じた。この感覚について編者は、新幹線では見逃していた素晴らしい風景を、鈍行で発見するのにも似ていると言う。ひきこもり=退屈という概念を反転させる思想だ。

 例えば、蟄居を余儀なくされた人の部屋に鉢植えなどの植物がある場合、それが日々少しずつでも変化し成長することに気づく。そうした事例は実際にも報告されているが、朔太郎の病床での発見はそれに近いものではないか。

 そこで筆者が連想したのが、「アンビエント」と呼ばれるジャンルの音楽のことだった。このジャンルに括られる音楽は、周囲の環境に溶け込む静謐なサウンドが特徴で、自然環境の音と並列に聴くことができる。

 このアンビエントを代表する音楽家が、U2やデヴィッド・ボウイなどをプロデュースしたブライアン・イーノ。イーノは75年に交通事故に遭って入院し、ベッドで動けない状態にあった。お見舞いに来た女性がくれたハープ音楽のレコードを再生したところ、ボリュームが小さすぎる。しかもステレオの片方のチャンネルから音が出ていなかった。

 そのままベッドに戻って横になったイーノは、ほとんど音が聞こえない状態のままレコードをかけていた。そして、その時彼は、光の色や雨の音と同じように、音楽も環境の一部として機能することに気づかされたのだ。

 本書収録の作品でも、このイーノにも似た体験がいくつか綴られている。ひきこもることで神経が鋭敏になり、日常的には耳目がいかない変化を敏感に感じとるのだ。ひきこもることは意外にも、当人に様々な発見や驚きをもたらす。

 ただ、コロナ禍の今だからこそこういう本が切実に望まれる……とは正直あまり思えない。むしろ、「ひきこもり」という括りで頭木氏お薦めの作品を強引に編んだ。そういうアンソロジーだと思う。もちろんこれは誉め言葉である。本のコンセプト自体はタイムリーかもしれないが、収録された作品はむしろタイムレスで普遍的だ。そして、未知の文学や詩への水先案内人としての本書には実におおきな価値がある。

文=土佐有明