30歳過ぎても性体験なし。“できていない”ことがコンプレックスの主人公を描く「瓜を破る」

マンガ

公開日:2021/4/15

瓜を破る
『瓜を破る』(板倉梓/芳文社)

「高齢処女」という言葉が一般的に使われるようになったのは、『逃げるは恥だが役に立つ』のブームの頃からだろうか。男女が結ばれたら当然のように「その先の行為」が描かれるのが多くのラブロマンスの鉄則だが、現実ではそう簡単にいくものでもない。処女喪失の痛みに怯えてなかなか一歩踏み出せない女性も多いし、そもそも出会いがなくてセックスをする相手と巡り会えないまま気がつけば30歳を過ぎていた……ということも、今や珍しい話ではないだろう。

 そんな「性体験がない」コンプレックスを描いた作品『瓜を破る』(板倉梓/芳文社)が発売された。

 主人公は、ごく普通の会社員・まい子。見た目は可愛らしく、個性豊かな同僚とも衝突することのない温和な性格。一見モテそうにも思えるが、彼女は32歳の今でも性体験をしたことがない処女だった。高一の頃に初めてできた彼氏としようとしたが怖くて拒絶したそのときから、セックスのきっかけがないまま大人になってしまった。

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 最近はマッチングアプリなどで簡単に出会えるような時代だし、すでに性体験を済ませている人たちにとっては、30歳を過ぎても性体験がないコンプレックスは理解がしづらいかもしれない。しかし、この作品が上手なのは、そんな当事者まい子の心の描き方である。彼女のセックスに対する関心と不安感は決して誇張されたものではなく、誰しも一度は抱いたような等身大の気持ちだ。

 まい子はただ、ちょっと慎重で、きっかけがなかっただけで、決して性体験をしたことがある人と程遠い価値観をもっているわけではない。だからこそどんな人でも感情移入がしやすいし、まい子の葛藤に共感できてしまう。

 また、他の登場人物たちもそれぞれに性的な悩みや葛藤を抱いている。たとえば同僚の原はノンセクシャルでセックスレスにより破局したとまい子に明かす。「セックスをしたいけどできない」ことで頭がいっぱいのまい子にとって、それは想像したこともない悩みであった。

 また、上司の味園さんも10年同棲していて仕事も私生活も充実しているはずなのに、どこか幸せそうではない様子なのが気になる人物だ。

 主人公はセックスをしたことがないコンプレックスを抱き、それで頭がいっぱいなわけだが、当然ながらセックスをしていても悩んでいる人たちはいて、その描き方のバランスがいい。性行為を軸に人間の気持ちの機微を描いている。

 まい子は性体験をしたいとは思いつつも、決して誰でもいいとは思っていない。果たしてまい子は自分にとって幸せだと思えるセックスにたどり着くことができるのだろうか。彼女のちょっと危なっかしい姿に目が離せない作品だ。

文=園田もなか