「今月のプラチナ本」は、朝井リョウ『正欲』

今月のプラチナ本

更新日:2021/6/25

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『正欲』

●あらすじ●

生き延びるために、手を組みませんか──息子が不登校になった検事の啓喜、秘密を抱えながらショッピングモールで働く夏月、夏月の中学校の同級生だった佳道、大学でミスコンを運営する八重子、ダンスサークルに所属し、八重子に思いを寄せられる大也。人知れず生きづらさを抱える彼らの人生が、ある事件を軸にして重なりあう。無自覚に張りめぐらせる「正しさ」の網目に真正面から問いを突きつける一作。

あさい・りょう●1989年、岐阜県生まれ。2009年、『桐島、部活やめるってよ』(集英社)でデビュー。神木隆之介主演で映画化され、話題に。『チア男子!!』(集英社)で高校生が選ぶ天竜文学賞、『何者』(新潮社)で直木賞、『世界地図の下書き』(集英社)で坪田譲治文学賞受賞。ほか著書に『もういちど生まれる』(幻冬舎)、『武道館』(文藝春秋)、『世にも奇妙な君物語』(講談社)など。

『正欲』

朝井リョウ
新潮社 1870円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

答えではなく問いが湧き上がる本

「繋がり」。人と人は自然に繋がり合って生きている、のか? 友人、恋人、夫婦、親子……自然にって? 繋がるって? 合う人がいない可能性は? 繋がれるとして、なぜそんな形で? 本書を読んでいると、次々に疑問が浮かぶ。「誰とも繋がれなくて、だからこそ誰かと繋がりたい」「ほっといてほしいんです」「ちゃっかり寂しくなったりする」「いなくならないで」「いなくならないから」登場人物たちの言葉は遠く近く響き合うが、全員一致の答えなんかない。そのことがわかる小説だ。

関口靖彦 本誌編集長。「正しい」という言葉の怖さ。怖いのに、それを欲してしまう。職場でも家庭でも、本書を思い出す機会がしばしばありそうです。

 

生きづらい社会って?

「想像を絶するほど理解しがたい、直視できないほど嫌悪感を抱き距離を置きたいと感じるものには、しっかり蓋をする」のに「自分と違う存在を認めよう」とする社会に、どうしようもない生きづらさを感じる人々と“繋がり”の物語。みんな生きることに真面目に取り組む登場人物ばかり。“繋がり”をおろそかにして、おいしいごはんと快適な眠りがあれば幸せになった気でいる私は反省……あれ?食欲と睡眠欲は夏月と佳道の就職理由ではないですか。……他人事ではないのかもしれません。

鎌野静華 ベランダのラベンダーがすごい勢いで花を咲かせ始めました。植物を見ていると、ちょっと元気をもらえますよね。散歩にでもいこうかな。

 

「本当にそうだったのか?」

小説と自分自身がしてきたことを何度も反芻しながら読み終えたとき、『正欲』という見慣れないタイトルが物語を何倍にも膨らませてくれる。登場人物たちの言葉が映画のエンドロールのように流れ込んでくる圧巻の読後感だった。この結末は必然だったのだろうか。中でも印象的だったのは、ある秘密を抱えて共同生活を送る佳道が夏月に覆いかぶさるシーン。「異性と知り合って(中略)その最終ゴールがこれ?」。この光景を同じ秘密を抱える彼らが見ていたら、一緒に笑っただろうか。

川戸崇央 因みに『正欲』の参考文献として出てくる『検事失格』(市川寛)は「正義」について元検事が綴った一冊で、併読すると啓喜の心理がよくわかります。

 

街を歩くとして、見えてる景色は確実に変わる

「あるもの」への欲情、その啓喜の気付きまでの流れに鳥肌が立った。結局自分だってそうだとわかる瞬間の、恥ずかしいのか罪悪感なのか脳がバグってしまう感じ、秀逸。夏月と同じく年末テレビを見ながら「通常ルート」でいられないことに自分も大丈夫か?と胸がしめつけられることもあるけれど、結局明日死にたくないと、生きていくしかないのかと思う。帯に「読む前の自分には戻れない」と書かれているが、たとえば街を歩くとして、見えている景色が、人が自分の意識が確実に変わる本。

村井有紀子 ストーカーのごとく追いかけ続ける(笑)大好きなTEAM NACS特集を担当いたしました。最近は音尾さんとBTSの話ばかりしています……。

 

それでもこの世界に留まりたいって欲(よく)したい

「自分に正直に生きよう。そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、排除されない人たちだけだ」という素晴らしい一節があるのだけれど、この本を読んだらもう「私は排除されない人たちのほうです」なんて誰も言えないんじゃないか。誰に肩入れしても、別の人物のまなざしが、そこに潜むおぞましさを気づかせる。苦しい、さみしいと、溺れるような気持ちでページを繰りながら、いつしか彼、彼女らと同じように「自分をこの世界に引き留めてくれるものを、探している」。

西條弓子 マンガ特集を担当。凄いインタビューや対談がありすぎて、取材期間後に情緒が乱れ、溺れるように掴んだものは――サウナでした(小並感)。

 

もう後戻りはできない

“多様性”という言葉は嫌いじゃない。これまでもよく耳にしてきたし、自らも口にしていた言葉だ。しかし、本書を読んで、私はその本質を理解できていなかったことを痛感した。「多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ」。「自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」。本書を読み終えたとき、耳慣れた言葉は全く別の様相を見せるようになる。この衝撃をぜひ味わってほしい。

前田 萌 念願のNintendo Switchを購入しました。何事にも没頭してしまいがちな性格なので、寝食は忘れずに!をモットーにゲーム生活を楽しみたいです。

 

「多様性」の落とし穴から目を逸らさない

「多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています」という一文に、ドキっとする。いつからだろう、この言葉が市民権を得て、口にさえすれば誰かを救えた気になる魔法の言葉のように唱えられだしたのは。言葉で括るということは、同時に何かを切り捨てることでもある。そこで零れ落ちてしまうものが、必ず存在する。そんな世に生きるのは、確かに苦しい。だとしても、生きることを諦めてしまう人が一人でも減るといいなと、本を閉じた時心から思った。

井上佳那子 最近、念願のフットマッサージャーを購入。入浴後、何も考えずただただ気持ちよさに身を任せる10分がとてつもなく幸せ……いい買い物した!

 

「正しさ」とは何なのか

皆、誰にも言えない秘密や嗜好のひとつやふたつ、必ず持っているだろう。それが罪に問われるかどうかは法によって判断されるため、多数派と少数派の間には必ず差が生まれる。法は人間が作ったものだ。読み進めていくうちに、自らの「正しくありたい」という気持ちの不正確性を思い知る。多様性が重視される現代でも、自分を隠して生きている人は多い。誰にも言えない秘密が生まれた時の、心がざらざらするような感覚。あえてそれを思い出しながら、ページをめくってほしい。

細田まりえ 今号よりダ・ヴィンチ編集部配属となりました。素敵な特殊紙を求めて旅に出るタイプの人間です。箔押しが大好き。よろしくお願いいたします!

 

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