自動販売機に謝罪するサラリーマン、さきいかを投げてくる男性…下戸から見た「酔っぱらい人間観察エッセイ」に抱腹絶倒

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/13

『居酒屋おばさんの下戸ですけど何か?』(佐原明子/幻冬舎)
『居酒屋おばさんの下戸ですけど何か?』(佐原明子/幻冬舎)

 お酒は不思議な飲み物だと、つくづく思う。普段シャキッとしている人をふにゃふにゃさせたり、寡黙な人を饒舌にさせたりと、それまで知らなかった相手の一面を引き出す。お酒があまり得意でない筆者は、そんな風に豹変する人たちを目にするたび、驚くと同時にアルコールの力でリミッターを外し、違う自分になれることに少し羨ましさを感じてきた。

 だから『居酒屋おばさんの下戸ですけど何か?』(佐原明子/幻冬舎)を手に取った時、著者に親近感が湧き、この人が見てきた世界を知りたいと思ったのだ。

 横浜の海の近くで商売人の娘として生まれた佐原さんは、26歳で結婚。アルコールを一切受け付けない下戸であったが、32歳の時、父親から魚料理専門の居酒屋を引き継ぎ、夫と共に経営するようになった。

advertisement

 そんな佐原さんはこれまでに、下戸には理解できない酔っぱらいたちの不思議な行動をたくさん目撃。本作はそんな酔っぱらいたちの生態を綴った、抱腹絶倒の人間観察エッセイだ。

父親の失敗談も暴露! 下戸が目撃した酔っぱらいたちの「仰天行動」

“とにかく飲んべーさんたちは私ら下戸にとって宇宙人にも匹敵する謎多き生物そのものだ。”(引用)

 そう語る佐原さんは、目を疑うような酔っぱらいたちに何度も遭遇してきたよう。

 例えば、ある晩、愛犬を散歩させた帰り道で、自動販売機に向かって話しかけるサラリーマン風の青年を発見。近寄ってみると、青年は「わかってますハイわかってます、すみません、すみません!」と何度も謝っており、足元はフラフラ。

 あまりにも平身低頭な姿を見て、佐原さんは、どうしたら自動販売機が人間に見えるのだろうと不思議に思ったという。

 また、公園に足を運んだ際には、缶ビールを手にした酔っぱらいが、突然、食べていたさきいかを投げてきたことが…。驚いていると男性は謝り、「猫に投げた」と弁明。しかし、周りには猫などおらず、あるのは黒い石のみ。どうやら男性にはその石が黒猫に見えていたようだった。

 そして、今は亡き、佐原さんのお父さんにもお酒にまつわる仰天エピソードがあったという。それは、結婚前の佐原さんが店の経理を手伝っていた時のこと。ある朝、商店会の中で駄菓子屋を営む「まんじゅうばあちゃん」が請求書を持ち、家にやってきた。

 話を聞くと、前日、店に来たお父さんが「お金が足りないから、明日、娘のところで貰ってくれ」と言っていたのだそう。目をやると、そこにはなんと10万近い金額が…。

 実はまんじゅうばあちゃん、夜はスナックで働いており、偶然お父さんはその店へ。貸し切り状態にして楽しんだのだという。

 詳細を知った佐原さんは、お父さんに事情聴取。当人は「結構かわいいお姉ちゃんがいて、あまりにも暇そうだからかわいそうで…」と弁明していたが、実際お父さんが横につけ、ずっと手を握っていたのはまんじゅうばあちゃん。

 薄暗い照明の下、お酒を楽しんでいたお父さんには、まんじゅうばあちゃんが若い女性に見えていたのだ。そのため、娘から真実を聞かされた時、お父さんは絶句したままだったのだとか。

 アルコールの力を借りた時だけ見える特別な世界は、酔うまでお酒を飲めない人間にとっては未知の領域。同じ世界にいるのに、まったく違う光景を見ている酔っぱらいたちの言動には予測できない面白さがある。

 本作には、居酒屋で起きた修羅場やあっと驚く人間ドラマも収録。酔っぱらうと珍獣と化して、サザンオールスターズの曲を唸りながら歌う夫とのなれそめ、下戸ならではの視点で書かれた「お酒が飲めないこと」へのボヤキにも、クスっとさせられる。

 そして、最終章に綴られている夫にあてた最初で最後のラブレター&遺言も必見。自分にとっての大切な人が頭に浮かび、目が潤んでしまう。

 コロナ禍の今は馴染みの店に行き、お酒を楽しむことが難しい状況だ。そんなご時世であるからこそ、ぜひ本作を手に「酒は飲んでも飲まれるな」を肝に銘じつつ、ほろ酔い気分になってみてほしい。

文=古川諭香

あわせて読みたい