家族も友達も信じられない。素直になれない“頑な女子”が心を開ける相手に出会ったら…… 人気作家の青春小説【レビュアー大賞課題図書】

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/2

明日の世界が君に優しくありますように
『明日の世界が君に優しくありますように』(汐見夏衛/スターツ出版)

 親と折り合いが悪くて居場所がない。些細なことから、友達とぎくしゃくしてしまった――。思春期は、人間関係でつまずきやすい年頃だ。しかも一度心に傷を負うと、また傷つくことを恐れ、さらに人づきあいが苦手になってしまう。自分を守ろうとして壁を作り、そんな自分がまた嫌になるという悪循環。夜、部屋でひとり「あんなことを言ってしまった」「絶対嫌われた……」とジタバタした経験がある人も少なくないだろう。

 このたび文庫化された『明日の世界が君に優しくありますように』(汐見夏衛/スターツ出版)の白瀬真波も、人間関係に不器用な高校生。ある事情から家族も友達も信じられなくなり不登校になった真波は、高校進学を機に、海に近い祖父母の家で暮らすことになる。だが、その家には美山漣という同じ学年の下宿人が住んでいた。素直になれずひねくれたことを言ってしまう真波は、まっすぐな性格の漣が疎ましく、つい強く当たってしまう。そんな彼女の頑なな心は、夜ごと浜辺に現れ、「幽霊」と噂される青年ユウと出会ったことで少しずつほころんでいく。

 実は、本作に登場する謎めいた青年ユウは、汐見さんの『海に願いを 風に祈りを そして君に誓いを』(スターツ出版)に登場した優海と同一人物。『海に願いを~』では、彼の身に降りかかった残酷な運命が描かれたが、本書ではその10年後が語られていく。『海に願いを~』を読んでいなくても問題ないが、同作の読者であればおバカで子どもっぽかった優海の成長ぶり、そして成長せざるを得なかった過去の重さに胸を締め付けられるはずだ。

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 高校や祖父母の家では息苦しさを感じていたものの、いつしかユウにだけは素直な胸の内を明かせるようになっていく真波。容赦ない口ぶりだが真波をいつも気にかけ、父親とぶつかった時にはまっすぐに向き合ってくれた漣の存在も、彼女に大きな影響を及ぼしていく。さまざまな人々と関わることで、いつしか真波の心には「変わりたい」という強い思いが芽生え始める。幼い頃に真波が好きだったものをいつまでも覚えていて、一生懸命彼女を喜ばせようとする祖父母。つれない態度を取っても、真波を受け入れようとしてくれるクラスメイト。そして、ある出来事から心が離れていたものの、真波をずっと大事に思っている家族。その温かさに少しずつ気づきはじめる、真波のゆるやかな成長が頼もしい。

 一方、後半になると漣が抱える苦悩が明かされていく。まっすぐ誠実に生きる漣だが、その裏に秘められた過去とは。そして、彼をめぐる思いがけない奇縁とは。真波に影響を与えた漣だが、今度は彼が真波をはじめとする周囲の人々の思いを受けて大きく成長していく。終盤、彼がある人物とともに海に向かって叫ぶシーンでは、涙が止まらなくなるはずだ。

 作品を通じて浮かび上がってくるのは、周囲の人々とのかかわりによって人はいくらでも変われるということ。そして、どれほど悲しくつらい運命に見舞われても、すべてを引き受けて生きなければならないということ。汐見さんの寄り添うような優しいまなざし、真摯なメッセージが胸を打ち、真波と同世代の学生はもちろん、大人も心を震わすだろう。

 文庫には、書き下ろしエピソードとしてユウ視点の番外編「君に誓いを」も収録。『海に願いを~』を経たユウの胸中、そしてユウから見た真波の姿が描かれている。本編の感動がさらに深まるうえ、ほのかな恋の予感が香るのも微笑ましい。こちらを読んでから『海に願いを~』に戻るのもおすすめだ。

文=野本由起

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