『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』著者の新シリーズがついに開幕! 四季を顕現する現人神たちが紡ぐ、神々同士そして主従の愛の物語【レビュアー大賞課題図書】

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/7

春夏秋冬代行者 春の舞
『春夏秋冬代行者 春の舞』(暁佳奈/電撃文庫/KADOKAWA)

 かつて世界には季節が冬しかなく、冬は孤独に耐えかねて自らを削り、春を創った。やがて夏と秋も誕生し、季節は4つとなった。これら四季の巡り変わりを人間が担うことになり、かくして“四季の代行者”が存在するようになった。

「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」シリーズで鮮烈なデビューを飾った暁佳奈氏。多くのファンが待ち望んでいた新シリーズ『春夏秋冬代行者』(暁佳奈/電撃文庫/KADOKAWA)の第1部となる〈春の舞〉が、今春、上下巻同時に発売された。

 西洋的な世界が舞台であった前作と対照的に、本作では東洋的な世界観を背景に、季節を顕現する現人神たちと、その従者たちが繰り広げる群像ドラマ仕立てという内容だ。

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 物語は、春の代行者・花葉雛菊が10年ぶりに復帰したところからはじまる。

 うららかな春の美を体現するような美しさを持つ雛菊は、10年前に敵対組織「賊」に誘拐され、長い間、行方知れずのままだった。そんな彼女が突如として戻ってきて、10年ぶりにこの国に春をもたらす。

 雛菊の無事を誰よりも喜び、また、かつて彼女を守れなかったことにずっと苦しみ続けてきたのが、冬の代行者の寒椿狼星だ。

 神話の時代の冬と春が愛しあっていたのをなぞるかのごとく狼星は雛菊を愛し、雛菊も狼星を想うことで監禁生活を耐え抜いた。

 四季の代行者たちが一堂に集う「四季会議」が、間もなく開催される。その場で彼らは久々に再会する予定なのだが、雛菊を護衛する従者さくらの心境は複雑だ。彼女としては雛菊と狼星を会わせたくないのだった。

 なぜなら、雛菊は狼星の身代わりとなって「賊」の手に落ちたから――。

 本作では、2種類の愛のかたちが描かれる。

 初恋相手だった雛菊と狼星の間に生まれる恋愛と、雛菊とさくらの間に通いあう主従関係だ。

 さくらが雛菊に向ける感情は、忠誠心と呼ぶにはあまりにも深く濃く、重い。雛菊が拉致されてからの歳月を、さくらは満身創痍で生きてきた。周囲の大人たちが捜索を諦めるなか、さくらだけは雛菊を捜し続けた。

 狼星の護衛官にして、自らの剣の師匠である凍蝶に、かつてはほのかな思慕を抱いていたが、今は激しく憎んでいる。冬の季節の男たちは、自分たち春の主従を見捨てたので。一度は受け入れておきながら、いざというときに突き放したので。

 さまざまな登場人物の立場に添った視点から、物語は綴られていく。誘拐・監禁されたことで心に大きな傷を負った雛菊。雛菊への愛情と罪悪感に押し潰されそうな狼星。春の主従の娘たちを守れなかった自責の念を抱える凍蝶。そして、雛菊のために自分のすべてを捧げ尽くすさくら。

 それぞれの気持ちのありようが懇切丁寧、かつ執拗に書き込まれて、とりわけさくらパートの心情吐露は強烈だ。愛とも執着ともつかない不可思議な感情について描くとき、この作者の筆はさらに冴えわたる。

 雛菊を再び奪おうとする組織が迫りくるなか、4人の心は交錯し、雛菊と狼星、さくらと凍蝶はついに再会のときを迎える。上下巻あわせて約900頁ものボリュームを一気に読ませるのはさすが。作者がこの物語を楽しんで書いているのが、ありありと伝わってくる。

 重厚にしてせつなく美しい四季の物語は、はじまったばかりだ。続く夏の物語も楽しみにして待ちたい。

文=皆川ちか

『春夏秋冬代行者 春の舞』詳細ページ
https://dengekibunko.jp/special/syunkasyuutou/

『春夏秋冬代行者 春の舞』電撃文庫朗読してみた(朗読/花澤香菜)
https://www.youtube.com/watch?v=UqQDYS4X_sE

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