人生の折り返し地点を過ぎても、夢は追いかけられるのか。40歳の小説家志望者が奮闘する『読んでほしい』

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/12

読んでほしい (幻冬舎単行本)

著:
出版社:
幻冬舎
発売日:
読んでほしい
『読んでほしい』(おぎすシグレ/幻冬舎)

 テレビ番組の放送作家として働く緒方正平、四十歳。彼は仕事のかたわら執筆を進め、ついにSF長編小説を書き上げた。我が子のように愛しい初の作品を前に彼が願うことはただひとつ、誰かに読んでもらうこと。しかし……。

 小説『読んでほしい』(おぎすシグレ/幻冬舎)は、緒方が長編小説を生み出したところから始まり、彼の周囲の人々に作品を読んでもらおうと試行錯誤する様子を描いている。家族、後輩、旧友、仕事仲間、初恋の女性、見知らぬ第三者……。緒方は自身の小説を、ありとあらゆる人間に読んでもらおうとする。しかし、その経緯がこうしてひとつの作品になってしまうくらい、緒方は作品を読んでもらえない。正確に言えば、「読んでほしい」と伝えられないのだ。

 きっとこのあらすじを読んだ人の感想は二分するだろう。「どうしてそんな簡単なことが伝えられないの」という疑問と、「わかる」という共感。後者が先に出た人は、おそらく何らかの作品づくりに没頭し、一度は完成させたことがある人ではないだろうか。

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 時間を費やして生んだ作品には、自分自身が色濃く反映される。選んだ手段が自分の夢と重なっているのであれば、なおさら価値は重い。緒方は放送作家という仕事にプロとしてポジティブに向き合ってはいるものの、心のどこかで小説家になることを望んでいる。それゆえ、初めて完成させた作品への思い入れも強く、無下に扱われることを避けるあまり、安易に人に読ませることができないのだ。さらに、緒方は優しい。関わる相手の心情を逐一想像しては、長編小説というヘビーな形態の作品を差し出すことを断念してしまう。

 解像度高く描かれる心情には、思い当たる節がありすぎて胸が痛くなりつつも、登場人物たちの軽妙な会話がその痛みを軽減してくれている。繰り広げられる会話劇のリズムには、自身が元芸人であり現放送作家である著者、おぎすシグレさんの魅力が詰まっている。

 また本作は、年齢を重ねても何らかのクリエイターやアーティストになることをあきらめられない大人たちに向けたエールでもある。主人公は四十歳、周辺人物たちの年齢層は三十代後半から五十代。彼らの言葉からは、人生が折り返し地点に差しかかってきた人々の葛藤が手に取るように伝わってくる。

 本業に飽きやマンネリを感じる焦燥感。自分の作品が欲しいという本音。何者にもなれないまま人生が終わるのではないかという不安。答えのない幸福のゆらぎ。それらを抱えながら、彼らは小説を書いたり、詩を編んだり、はたまた餃子づくりの夢を描いたりと、それぞれもがいている。どんな道であれ歩んできたわだちを確かめながら進もうとするミドル世代の姿に、読者は鼓舞されるだろう。

 本作から私が強く感じたメッセージは、「あきらめるな」である。私もまた、ライターの端くれとしてクライアントワークに日々勤しみつつ、一日わずかに残った時間で小説をしたためる小説家志望の人間だ。緒方の気持ちが十分理解できるし、周囲の人々と自分を比べては作品と自分自身を守ろうとする緒方の弱さを、愛しく思う。亀の歩みが精一杯の人間でも、あきらめなければ夢に向かって少しずつ進んでいる。そんな確信をくれる、あたたかく読者の背を押すラストシーンは、ぜひ作品づくりを続けるすべての人に読んでほしい。

文=宿木雪樹

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