あの頃の私たちにとって“教室”は世界のすべてだった――谷口菜津子のマンガ『教室の片隅で青春がはじまる』が胸に迫る!

マンガ

公開日:2021/11/13

『教室の片隅で青春がはじまる』(谷口菜津子/KADOKAWA)

「スクールカースト」なる言葉が人口に膾炙したのは、00年代後半くらいのことだ。学校内やクラス内で、見た目や趣味や属性が近い生徒同士がグループを形成し、自然と棲み分けができてしまう。そんな状況を指して使われ出したタームである。

 お洒落でルックスの良いモテ系、ダンス部で活躍する花形系、スポーツが得意な体育会系、ディープな趣味を共有するオタク系などにグループは分かれる。当然、ヒエラルキー上位にくるのは「1軍」と呼ばれるモテ系や花形系で、オタクは少数派ゆえに肩身が狭く揶揄されがちだ。谷口菜津子氏の『教室の片隅で青春がはじまる』(KADOKAWA)は、そんなスクールカーストを巡る悲喜こもごもを戯画的に描いた漫画である。

 本書でも、クラスの皆は自分の価値や居場所をわきまえており、それ相応のグループに属して、それ相応の振る舞いをする。例えば、モテ系ではイケメン揃いの他校との合コンやカラオケがメイン・イべント。それは彼女たちにとって学校の授業以上に重要な「必須科目」であり、こなさなければグループの存続自体が危ぶまれる。

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 つまり、一見華やかなグループでも、そこに留まるには約束事を守らなくてはならず、それなりにしんどい。自分で仕掛けた罠に、自分ではまっているようなものだ。あるいは、自分で望んで入ったグループにいるのに、その身分が窮屈になるという倒錯も起こる。例えば、1軍の最後尾につくめぐみは、実はこっそりSNSで大人気のカリスマ女子高生を演じている。虚勢を張ってギリギリ1軍にいるのに疲れた時、別人格になり心の空洞を埋めているのだ。

 あるいは、学年1位の美少女・ニカにとって、1軍の合コンでちやほやされているのは仮の姿。実は「推し」の2.5次元俳優に夢中だが、グループ内に同好の士がいるはずもなく、いつも孤独で寂しさを抱えている。そんな彼女は、趣味の話が通じるオタク系のグループへ移籍。そこがやすらぎの地だったことが明らかになる。最初は憎たらしい奴だと思っていた女子が、実は裏でこんな苦労をしており……という展開はありがちと言えばありがちだが、著者の筆致はその辺の描き方が実に生々しい。

 本書の劈頭には〈誰だって自分が特別で/小説にしたらベストセラーになるような/素敵な人生を贈りたいと願っている/私たちだってそうなのだ〉というモノローグが置かれている。有名になりたい。人気者になりたい。ちやほやされたい。一目置かれたい。本書に登場する女子たちは皆、そんな承認欲求に飢えている。だから、重要なのは他人からどう見られているか。中身は空っぽでも一向に構わないのだ。

 転校生であるまりももまた、そのモノローグの通り、終始自分が特別だと思いたがっている。だが、奇を衒った自己紹介で思いっきりスベり、YouTuberを目指すも失敗に終わり、仲の良かった宇宙人・ネルに恋人ができるなど、孤独で散々な日々を過ごすことに。それでもまりもは〈群れてなきゃ不安な奴らより、私のほうが強くてイケてる〉と信念を持って、カースト内を堂々とサバイブする。そんな彼女の言動に快哉を叫んだ読者も少なくないはずだ。

 最後に、スクールカーストの内実をよりあからさまに描いた小説として、柚木麻子『王妃の帰還』を挙げておきたい。さきほどスクールカースト内での移籍、という件に触れたが、同書は一度はヒエラルキーのてっぺんにいた女子が、最底辺までおちぶれてそこから……というジェット・コースターのような急展開が痛快な娯楽作。こちらも併せて読むのをおすすめしたい。

文=土佐有明

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