イヌイットの言葉に学ぶ、予測困難な未来を前に生死に向き合う思考法。『極夜行』角幡唯介の最新作!

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/6

狩りの思考法
『狩りの思考法』(角幡唯介/清水弘文堂書房)

 2016年から2017年にわたり、漆黒の夜が数か月続く“極夜”の中で自らソリを曳き、犬とともに徒歩で探検した『極夜行』(文藝春秋)。その準備に3年もの月日を費やした『極夜行前』(文藝春秋)。これらにつづく探検家・角幡唯介氏の著書『狩りの思考法』(清水弘文堂書房)は、極北での活動の中で世界最北の村シオラパルクのイヌイットたちの習慣、思考から、自身の行動原理、そして狩りについて紡がれた思索だ。

 角幡唯介氏が極北の拠点としているのはグリーンランド北部にあるシオラパルクという人口が100人にも満たない村。かつて冒険家の植村直己氏もシオラパルクに滞在し、著作『極北に駆ける』では生まれて初めての生肉を涙ながらに食べたと綴られた、世界最北の村である。

 コロナ禍で国家間の移動が難しくなったころ、角幡氏はシオラパルクから凍結した海峡を犬橇で渡りカナダへ向かう計画を立てていたが、妻からの連絡でカナダの入国が不可能となったことを知る。世界が新型コロナウイルスのパンデミックであったことを角幡氏は知らなかったのだ。

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 妻からの「あなたは今、世界で一番安全な場所にいる」という言葉は、コロナ禍の世界での著者の特異な立ち位置を浮き彫りにする。

 そんななか、角幡氏は極北という世界でも厳しい環境で暮らすイヌイットたちの言葉から自身の行動原理とこの世界について思考をめぐらす。

 その言葉のひとつが「ナルホイヤ」という言葉だ。

 イヌイットの言葉で〈わからない〉という意味で、『極夜行』でも「社会システムからの脱却」を探検のテーマに掲げていた角幡氏は、「ナルホイヤ」とは、未来を予期しリスクを排除するよう構築された文明社会のシステムの世界観を否定する言葉であると語る。

 コロナ禍で、極北の村に住む人々が普段と変わらぬ生活をする中、世界は得体の知れないウイルスによって、先の見えない生活を余儀なくされた。つまり未来予期が社会のシステムに組み込まれた世界で、その社会の予期システムが停止し、世界は混沌に包まれたのだ。

 角幡氏の語るイヌイットたちの「今目の前」の現実を生きる考えから、我々が忘れていた生きることの真実を導き出す。

 そして著者の冒険哲学では、目的到達を最優先にする行動原理ではなく、「漂泊」を模索する。漂泊とは流れさすらうことで、目的地を決めず、“今目の前”の出来事との関わりから未来が生じ、その時間の流れに身を置くことだという。

 漂泊においてその「出来事」とは“狩り”なのだ。

 偶然が支配する混沌の渦に自ら身を投じ、「今目の前」の動物を狩る。その結果によって未来は切り拓かれていく。

 本来、世界は混沌であり、その時間的、空間的な流れの中で人間は生きてきた。人間は明日を予期することで安定を生み出し、それがまるで当たり前のように続くと信じてきた。

 極北という厳しい世界で「行動」が「生きる」ことと直接結びつく世界とくらべ、我々の日常がいかに自己都合を優先させ、「行動」と「生きる」ことが乖離していたことに気付かせてくれる。

文=すずきたけし

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