アメリカ人女性が5年かけて日本語で書き下ろした渾身の一冊! 女子高校生の前に突如現れる、ミステリアスな老女は一体何者?

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/23

ばいばい、バッグレディ
『ばいばい、バッグレディ』(マーニー・ジョレンビー/早川書房)

 ファンタジーやミステリの要素を含み、エンタメとしても一級品。ドタバタ喜劇を見せる一方で、サイケデリックな情景描写で読者を彼岸へと連れ出す。マーニー・ジョレンビー『ばいばい、バッグレディ』(早川書房)はそんな射程の長い小説だ。捉えどころがなく、無数の謎に満ちており、非現実的な光景に圧倒される。序盤を読んでその後を予測できた人は、おそらく皆無ではないだろうか。

 主人公は高校2年生の女子・あけび。彼女は両親をうらんでいた。自分を捨てて台湾で女優として活躍している母親のカザミ、そんなカザミを応援するエッセイストの父。しかも、父はカザミから莫大な金銭的援助を受けていながらも、幾度となく詐欺にひっかかる。そして、カザミからもらった財産をことごとく使い果たしてしまうのだった。

 そんな時、父は古臭いバッグを大量に抱えた老女の「フ」を家に招き入れる。父はこの謎の老女に助けられたことがあり、借りがあるのだという。あけびの見立てでは、どうやらフは詐欺師ではないらしい。そして、あけびが「バッグレディ」と名付けたように、彼女はたくさんのバッグを後生大事にしており、いつ何時でもそれを持ち歩く。そこには大切な「形見」が入っており、手放すことはできないという。

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 フと暮らすことであけびは自分のペースを乱される。例えば、父の部屋から父とフの大きな笑い声が聞こえてきてたじろぐ。しかも、いるはずのない子供がキャッキャッと笑っているようでもある。後日、何をしていたのか?と問うと「笑いヨガ」だと父は答える。

 フは縫い物が得意で、いつも自分で作った長いストールを巻いている。それに謎を解く鍵があると踏んだあけびは、フが寝ている間にストールを覗き込む。すると眼前に信じられない光景が広がっていた。ストールの世界が立体となって動き出すのだ。この辺りから、本書はファンタジーとしての性格が色濃くなってゆく。ストールの中に広がっている桃源郷のような世界については、あえてここでは記さない。直に確かめてほしいからだ。

 著者のマーニー・ジョレンビーは、来日して日本語を勉強し、5年かけて本書をすべて日本語で執筆したという。そうした来歴がストールの描写に活きているのは明白だ。言葉のチョイスや言い回しなどは、日本語を母語にしない著者だからこそのいびつさを湛えている。日本人が海外文学を読む時に覚える違和感がプラスに作用している、と言えばいいだろうか。それによって、小説には一種の異化効果が与えられている。

 案の定というべきか、フはただの老女ではなかった。ここでは秘すが彼女がこれまでどのように生きてきて、何故父親に招待されたのかが、終盤でいよいよ詳らかにされる。いつの間にか台湾から帰ってきたカザミも合流し、加速度的にこれまでの謎が解明されてゆく。

 それにしてもフのミステリアスで妖異な佇まいは、何度読み返しても奇妙な余韻を残す。先述の謎が明らかになったあとでも、まだ彼女が何者か、どうしても腑に落ちないのだ。そしてやはり、フのキャラクターを際立たせているのは、著者の文体に依るところが大きい。正直、書評では「アメリカ人が日本語で書いた小説」という事実を強調するつもりはなかったが、著者の出自が本作の非凡な文体に繋がっているのは、間違いないと思う。

文=土佐有明

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