居住地自由と言われたらどこに住む? 世界中を放浪した元自衛隊員の人生の選択

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公開日:2022/2/12

2000日の海外放浪の果てにたどり着いたのは山奥の集落の一番上だった
『2000日の海外放浪の果てにたどり着いたのは山奥の集落の一番上だった』(坂本治郎/書肆侃侃房)

 2022年1月、ヤフー株式会社が全ての社員を対象に「全国どこでも自由に居住できる新たな働き方」ができるような制度を4月に導入すると発表しました。交通費の上限は月15万円で、離島勤務や航空機出社も制度上は誰でも可能となることが話題になっているのを見聞きした方も多いのではと思います。

 ここで紹介する『2000日の海外放浪の果てにたどり着いたのは山奥の集落の一番上だった』(坂本治郎/書肆侃侃房)は、福岡県八女市で2017年から「天空の茶屋敷」という古民家ゲストハウスを運営している著者の、波瀾万丈の20年弱をまとめあげた一冊です。

 世界中を自分の目で見てきた人物が、なぜ九州の山奥でゲストハウスのオーナーという営みを選択したのでしょうか? 本書は大きく分けて2部、ある転機を軸にした「その前」と「その後」に分かれています。

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「その前」は、高校卒業後に陸上自衛隊として6年間日本全国を転々とした後、24歳だった2010年に世界一周の旅へ発ったところから、「旅をやめて日本へ帰ろう」と決意するまで。「その後」は29歳だった2015年に日本に戻り、空き家になっていた福岡県八女市の祖母の家に住まうようになってから、現在に至るまでです。

「その前」だけでも立派な大長編旅行記になるのではないかというほど、著者の旅エピソードの引き出しは膨大です。そもそも自衛隊にいた6年の経験だけでもだいぶ特殊だと思うのですが、カナダで犬ぞり操縦手になったり、ニュージーランドで成り行きからゲストハウスのマネージャーになったりと、「偶然の結晶」のようなエピソードが次々と出てきます。しかし、それぞれのエピソードにはさほど深入りせず、すこし戸惑ってしまうほどのハイスピードで、著者の記憶のあちこちに読者は連れて行かれます。ボリビアのウユニ塩湖など、誰しもが一度は行ってみたいと憧れるような地に行った経験もサラッと書いてあります。

「この本は何を伝えようとしているのだろうか……」という時差ボケのような感覚が頭の中にモヤモヤしてきた頃、こんな一節で筆者は「その後」の世界にしっかりと引き込まれました。

海外に移住したり世界中を飛びまわるような国際的に生きる人が昔思っていた憧れだったけれどもはや今となってはそんなことはどうでもよくなっていた。
だから思った、もはやワクワクもしてないものをこれからも惰性でダラダラ続けるよりも、もっと肩の力を抜いてこれまで学んだことをもとに新しいチャレンジをしてみよう。
僕にとってそれは、旅をやめて日本へ帰ることだった。

 旅の終わりを機に著者は改名して「坂本治郎」になり、巡る対象だった「世界」を自分のまわりに築き始めました。そうしたらいつの間にか、九州の山奥でゲストハウスを運営するという生き方になっていたのです。

僕はただ、お金になるかなんて考えず外の人を僕の家に連れてきて一緒に遊ぶことがただ楽しいからやっていた。しかしそれがいつの間にか人に必要とされ感謝され、遊びがそのまま事業になってしまった。ただ好きなことをとことんやっているだけでも周りにとって価値があることであれば、周りがそれをほうっておかない、というケースはどうやら噂ではなかったらしい。

 正直なところ、人間誰しも著者のようにエネルギッシュに生きられるわけではないと思います。「所変われば品変わる」という言葉がありますが、人が変われば心も思いも変わりますし、皆が皆エネルギッシュだったら社会はうまく回りません。

 おそらくその点をわきまえている著者は、飛び石をスタスタと渡るかのように、でも新幹線のような揺れの無さでただひたすら「自分の場合はこうだった」ということを本書に綴って、読者をリードしてくれます。「今何を思い、どう生きているのか?」ということを多くの来訪者から聞くことを働きがいにしているゲストハウス運営者らしい思いが、そのようなリズムを生んでいるのでしょう。自分の働き方の未来を模索中の方や、移住・転職を検討されている方にぴったりな一冊です。

文=神保慶政

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