「毒親のせいで自分はこうなった」…毒親の呪縛から抜け出す方法

暮らし

公開日:2022/2/23

夜行堂奇譚
『「毒親」って言うな!』(斎藤学/扶桑社)

「毒親」という言葉が広まり、すっかり認知された。それほどまでに「毒親」が世に増えているのだろうか。それとも、他の要因があるのだろうか。

「毒親」の背後には、不幸な親子がいる。好んで「毒親」を口にしたい子どももいないし、「毒親」と言われて喜ぶ親もいない。精神科医で、「アダルト・チルドレン」という概念を日本に紹介した家族問題の第一人者である著者による『「毒親」って言うな!』(斎藤学/扶桑社)は、毒親本を必要とする人の多くを「比較的若い成人たち」であると明かす。本書は、どうしてもダメで絶望的な状況にある人は、なぜ自分はこんなつらい目にあっているのか、それを説明する言葉が欲しくなるものだと説明する。ここに「毒親」という言葉があれば、自分が不幸な理由を毒親のせいにして自己愛の維持をはかることができる、というのだ。

 なんとも厳しい物言いのように思えるかもしれないが、本書で著者は「確かに問題のある親はいる」とも述べている。一方、親子関係は相互に作用する「共謀関係」で成り立っているし、多くの人が親の身勝手に多かれ少なかれ耐えたり、諦めたりして付き合っている、とも論じている。

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 だからといって、本書が伝えたいのは、毒親に目をつぶることでも、耐え忍ぶことでもない。

「親にこうされたから自分はこうなった」という宿命論的な“私はダメだ精神”、そこからどうやって抜け出すか

…その方法や考え方に目を向けることである。

 著者は、「毒親のトキシン(毒)」にさらされながら育ち、親たちを許せないという気持ちをもちながらクリニックを訪れる人たちに接しながら、気付いたことがある。それは、患者を含め多くの人たちが、「パーソナリティ(人格)は変えられないもの」と思い込んでいることだ。著者は、パーソナリティを「“自分”というものを“他人(世間)”と交流させるための演技」であり、必要に即して自分でも気付かないうちに人格の使い分けをしているもの、と考えている。大人はとかく“一貫性”を重要視するが、パーソナリティをも一貫したもの、させるべきものと考えることで、状況依存的な(人格の)変化が見過ごされている、と指摘している。

 本書は、毒親論のまずいところは、自分のパーソナリティや人生は変えられないとする宿命論だとしている。しかし、人は成熟に向かって変化し続け、しかも、その変化は生涯にわたる、と述べる。

「毒親のせいで…」と悩む人は、まずはその思い込みを手放し、自分が変化できる可能性を信じることで、「毒親」の呪縛から自分自身を解き放てるのかもしれない。そのための具体的な考え方や方法を、本書から見つけてみてほしい。

文=ルートつつみ (@root223

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