『うさぎパン』「左京区」シリーズの瀧羽麻子、新たな代表作!『博士の長靴』が教えてくれる大事なこと

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/19

博士の長靴
『博士の長靴』(瀧羽麻子/ポプラ社)

 日本の季節には春夏秋冬の四季以外に「二十四節気」というのがある。1年を24の季節にわけ、それぞれに立春や夏至、秋分といった名前をつけたもので、まもなく迎える「春分」もそのひとつ。春の真ん中にあたる日で「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」とされており、お墓参りなどを恒例にしている方も多いだろう。人気作家・瀧羽麻子さんの最新連作短編集『博士の長靴』(ポプラ社)が描くのは、そんな二十四節気のほぼすべての日に「この日にはこれをする」という決まりごとを長年守ってきた「藤巻家」が主人公。空ばかり見てちょっと風変わりな気象の専門家・藤巻博士を中心に四世代を描く物語を、親から子へ、子から孫へとうけつがれていく季節の風習が静かにやさしく彩る。

 物語の出発点となる藤巻博士とその妻・スミの出会いの季節は1958年の「立春」だ。戦争で親を亡くし兄と共に慎ましく生きるスミは藤巻家にお手伝いとして働くようになり、夫をなくしたばかりの奥様のよき話し相手ともなっていた。大学で気象を研究しているという藤巻家の長男・昭彦の風変わりな様子に最初こそ驚いたスミだが、次第に彼のさりげないやさしさに心惹かれるようにもなる。そんな日々の中、スミは藤巻家の立春のお祝いに招かれる。二十四節気の一番はじめにあたる立春は藤巻家にとっては「お正月」のようなものであり、代々すき焼きとお赤飯を食べ、お年玉の代わりに家族の間で贈りものをしあうのが習わしだったのだ。そしてこのお祝いの席をきっかけに、スミと昭彦は人生を共に歩むことになるのだ。

 続く物語では、中学生になった2人の息子・和也が描かれ、1975年の「処暑」(夏の終わりのこの日には、藤巻家では花火をするのが恒例になっている)がキーに。さらに大人になった和也、その娘の成美、その息子の玲と物語の主役と時代、そして季節がゆっくり移り変わりながら物語が進む。終戦の色がまだ残る頃から2022年の現在にいたる時間の中で人は忙しさをまし、時にはお互いに対するやさしささえも失いそうになる。そんな中でも繰り返される恒例の季節の行事は「家族の大切さ」を思い出させてくれる貴重な機会でもあるのだ。

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 天気は変えることはできない――物語の中で気象の専門家である藤巻博士はひとりごとのように言う。私たちにできることは、天気がよくなりますように、恵の雨がふりますようにと「祈ること」だけだ。そしてその感覚のまま藤巻博士は家族を見守る。その人の人生はその人が切り開くものであり、たとえ我が子であっても親が思い通りにできるものではなく、幸せを祈るほかない――そんな藤巻博士の静かなまなざしに教えられることも多いだろう。

 ぽかぽかと気持ちのいい日もあれば、雲がもくもく現れたり、時には嵐が来たり。でも「やまない雨はない」と言われるように、どんなに激しい雨でもあがればさわやかな気配が満ちる…そうした空模様は「生きていく」ということにも似ているのかもしれない。藤巻家にはそこまで大袈裟なドラマがあるわけではないけれど、日々変わるお天気のように日々の暮らしが積み重なり、家族が増え、季節を祝い、家族の時間が続いていく。そんなシンプルのかけがえのなさを教えてくれる藤巻家、そして相変わらず空ばかり見ている藤巻博士の姿に、なんだかちょっとほっとさせられる一冊だ。

文=荒井理恵

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