誰かが放り出した仕事のしわ寄せはどこにいくの? 読む人の心をざわつかせる仕事+食べもの+恋愛小説《芥川賞受賞作》

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/20

おいしいごはんが食べられますように
おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子/講談社)

 悪気がなく正しさを押し付けてくる人がどうしようもなく憎く思えてしまうことがある。「コンビニ飯ばかり食べるなんて体に悪い」「忙しくても自炊した方がいい」「体の調子が悪いなら仕事は休んだ方がいい」。…いや、至極その通りなのだけれども、そうも言っていられないのが日常ではないのだろうか。正論に否定的な感情を抱く自分がおかしいのか。消化できない思いばかりが胸の中に残る。

 第167回芥川賞受賞作の『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子/講談社)は、そんなモヤモヤした思いを描き出した中編小説だ。作者は、すばる文学賞受賞作『犬のかたちをしているもの』(集英社)や芥川賞候補作『水たまりで息をする』(集英社)で知られる高瀬隼子さん。彼女の作品はどの作品も、読んでいると心がざわつき始め、いつしかそれが癖になってしまうが、本作でもそれは同様だ。温かみのあるタイトルと、かわいい絵柄の書影に決して騙されてはいけない。この本は、職場でのままならない人間関係を描き出す、仕事+食べもの+恋愛小説。不穏な空気が読む人の心に重たくのしかかってくるかのような物語だ。

 舞台は、とある会社の営業部。仕事ができてがんばり屋の入社5年目の女性社員・押尾は、1つ上の先輩・芦川のことが苦手だ。芦川は心も体も弱く、「しんどい」仕事はできない。芦川のミスで取引先に迷惑がかかっても謝罪に同行しないし、繁忙期も「片頭痛」を理由にひとり先に帰ってしまう。そんな頼りない仕事ぶりなのに、弱々しくも可愛らしい彼女のことを、周囲は「守るべき存在」と捉え、許容している。押尾は、仕事帰りに立ち寄った居酒屋で、入社7年目の男性社員・二谷に芦川への不満を打ち明ける。職場で要領よく立ち回る二谷は、芦川とこっそり付き合っているが、押尾同様、彼女に対してはモヤモヤを抱えていて…。

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 普段、仕事で無理をしがちな人間ならば、この物語で描かれる暗い感情に心当たりがあるのではないだろうか。職場に体や心が不安定な人がいるのは仕方のないことだし、配慮はあって然るべきだ。だが、そういう人ができなくなった仕事は、誰が処理するのだろうか。押尾は芦川の代わりに仕事をこなすが、やりたくてやっているわけではない。我慢しているだけだ。そんな押尾の感じるストレスが痛いほど分かってしまう自分は悪い人間なのだろうか。身に覚えのある感情に何度も頷かされながらも、そうすることがいけないような複雑な思いが募ってしまう。

 一方の二谷は、芦川との食に対する捉え方の違いに疲れを感じている。二谷は、食事に無頓着。時間のかからないカップラーメンやコンビニ飯で食事を済ませたいと思っているが、芦川は「それでは心配だ」と芦川のために時間をかけて料理を作る。食事に時間をかけること、作ってくれたお礼として「おいしい」と言わなければならないことを二谷は面倒に思っているが、芦川はそのことに気づきようがない。

 そんなある日、繁忙期に入ったのに残業できない芦川は、そのお詫びとして、職場で手作りのスイーツを配り始める。やがて、毎日スイーツを持ってくるようになるが、次第に社内に息苦しい空気が漂い始める。生クリームたっぷりのショートケーキ、桜桃のタルト、レモン風味のマドレーヌ…。食べること自体が面倒な人にとって、「誰もが喜んで当たり前」のスイーツは、どれほど厄介な存在だろうか。おいしいはずのスイーツをどうにか飲み下す二谷の描写に、読んでいるこちらまで胃もたれがしてくる。

「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」

 押尾の思いも二谷の思いも分かりすぎて胸が苦しい。芦川は、決して悪い人間ではないのだが、悪気のないズレた気遣いと優しさには心乱されてしまう。「ああ、こういう人って身近にいるよな」と思わずにはいられなかった。そして、そういう“正しい人”を批判するのは絶対に許されないことなのだ。では、一体、どうしたらいいのだろうか。現実を鋭く切り取ったこの物語は、普段仕事で無理をしがちなあなたにこそ読んでほしい。

文=アサトーミナミ

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