人間の厚み、きらめき/前島亜美「まごころコトバ」㉟

アニメ

公開日:2022/8/19

前島亜美「まごころコトバ」

「“手放す”ことを楽しんでみてください」
尊敬する演出家さんがよくおっしゃる言葉だった。

芝居を頑張ろうとしなくていい。
相手が勝手にくれるから、信じて手放してみて。
本気で伝えるということをするんじゃなくて、本気で伝えればいい。この違いが大切なんです。

「手放すという感覚を掴むために、空中ブランコをやられている役者さんがいるんです」
その言葉を聞いた瞬間に、やるしかない。どうしても知りたいと思った。

調べると空中ブランコを体験できる日本唯一のスタジオが名古屋にあるらしい。
東京公演を終えたあと、大阪公演の前に1日休みができたので弾丸で名古屋に行ってきた。

スタジオのホームページには初心者に向けたていねいな説明や写真、参考動画が豊富にあり、事前に目を通しイメージを膨らませてから当日を迎えた。

初めて見る空中ブランコのセットは予想していたよりもはるか高くにあった。

着替えを済ませるとすぐに安全ベルトを装着。思ったよりもキツいベルトに緊張感が高まった。

そのまま地上にある低いバーで簡単な動きの説明を受ける。
一度動きの流れを聞き、完全に頭に入っていないまま軽くやってみたところで「じゃあ、もう上に登りましょうか!」と言われた。

「え!?」あまりのスピード感に驚きながら、空中ブランコのバーがセットされている上の足場まで、はしごで登ることに。

この出発点までのはしごが、まずとても怖かった。細くて長い。登る度にかなり揺れる。

高所恐怖症なことを、登りながら思い出す。

ああこれはダメだ。認識したらダメだ。下を見た瞬間に、怖いと思った瞬間に終わってしまう。

ぼっちで名古屋まで乗り込んできて、「できません」では許されない。ここまできて、やらないわけにはいかない。

「なんとしてもやる」という気持ちだけを持ち、やっとの思いではしごを登り、出発点の足場へ。

「すごく怖いですね…」とサポートのお兄さんに言葉をこぼすと「めちゃくちゃ怖いですよ。普通です」と真顔で返される。
「でも、怖くなかったら変ですから、大丈夫ですよ。」と緊張をほぐしてもらった。

スタジオの真ん中に吊るされている空中ブランコのバーを自分の足場まで引き寄せて、掴む。バーにはずっしりとした重さがあった。

足場から足先を出し、体を前傾させ待機をする。命綱がなければ、いつ落下してもおかしくない体勢に体が震えた。

これから空中に身を乗り出すというのに、体の支えになるものが何もない。バーを握る腕の力のみ。もっと鍛えておけば良かったと、本気で思った。
腕だけで自分を支えなくちゃいけない時がくるなんて。私の腕は、なんて心許ないんだ…と思ったところで、足場から飛び降りるタイミングがきた。

「無重力のときに足を上げ、手を離すんです。下から声を出すので、合図に従ってやってみてください」

「大切なのは“素直さ”です。とにかく、声をちゃんと聞いて、信じて、手を離してください」

勇気を出し、空中へ飛び込む。あまりの恐怖に勝手に声が出て、目が開けられなかった。

初めての体験に呼吸が荒くなり、地上に降りてもしばらく手の震えが治まらなかった。
1人で動作を確認した後は、いよいよ「キャッチ」と呼ばれるバーから相手の腕へと移る技を実際にすることに。

滑らないようにチョークを手首上までつける。相手がいるということで、失敗できないプレッシャーも感じた。

空中で手を離すことがまず恐ろしいのに、人に体を預けるということが怖くて仕方なかった。

「目を合わせると、人は手を離してしまうから、目を見ないように我慢してください」

ここぞというタイミングですぐに反応しないと、お互いにケガをする危険性がある。

前にいる相手に集中し、声を聞き、反応する。

「必ず掴む。必ず受け取る。相手を信じて」

スタジオに響く言葉は、舞台稽古中にもよく聞いた言葉だった。こんなにも芝居と共通点があるなんて。恐怖と高揚の中、この感覚を覚えていなければと思った。

「今!」声を信じ飛び込んだ所を、しっかりとキャッチしてもらい、空中ブランコを無事に成功することができた。

大きな達成感と喜び、爽快感があったが、指の震えも、しばらく止まらなかった。恐怖と戦ってこその、この感動なのだと思った。

空中ブランコは年齢も体重も幅広く、老若男女誰でもできるとのことだった。
しかしやはり柔軟性や基礎体力は必要だと感じ、それもまた芝居と同じだと思った。

基礎があって技術があって、鍛錬があって、初めて自由に楽しめるんだ。

私が行った日は、サマースクールで小学生の子達も初めての空中ブランコに挑戦していた。

怖くて泣いてしまう子もいれば、一瞬も目が開けられない子もいた。それでもがんばりたいと、恐怖と戦う健気な姿に思わず泣きそうになるくらい感動してしまった。

「落ちないって信じるからね」

勇敢に挑戦する子どもたちを優しく受け止めるインストラクターのお兄さんお姉さんの姿もとてもかっこよかった。誰かのチャレンジが終わるたびにみんなで拍手を送り合う、とてもあたたかく尊い空間だった。

心動く瞬間。人間の厚み、きらめき。

日常にあるドラマの結晶が演劇で、人間が作りだすそれが私は好きなんだと再確認をした。

恐れに立ち向う人間の素晴らしさや、鍛錬を突き詰めた美しさ、手放すことで得られる自由さや軽やかさを感じられた素晴らしい体験だった。

第36回に続く

まえしま・あみ
1997年11月22日生まれ、埼玉県出身。2010年にアイドルグループのメンバーとしてデビュー。2017年にグループを卒業し、舞台やバラエティ番組などで活躍。またアプリゲーム『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』(2017年)でメインキャストの声を演じ、以後声優としても活動中。

Twitter:@_maeshima_ami
オフィシャルファンクラブ:https://maeshima-ami.jp/

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