「ほかの人のレシピ本もいいなと思ったらすぐ買っちゃう。レシピ本マニアなのかも」料理家・笠原将弘が選ぶ、食にまつわるエッセイ3冊【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2023/11/20

笠原将弘さん

 さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回ご登場いただいたのは、『和食屋が教える、旨すぎる一汁一飯 汁とめし』(主婦の友社)を刊行された、料理家の笠原将弘さん。旨い料理、旨いお酒は、食べ方や飲み方にも流儀がある。笠原さんはその多くを本から学んできたようです。

取材・文=吉田あき、撮影=水津惣一郎

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東海林先生の本は気張らず読むのがいい

丼めしの丸かじり
丼めしの丸かじり』(東海林さだお/朝日新聞出版)

——食にまつわる愛読書を3冊、教えていただきました。1冊目は、東海林さだおさんの「丸かじりシリーズ」。1988年に1巻が出て、今年7月にも46巻『丼めしの丸かじり』が刊行。週刊朝日での連載が始まった頃から数えると、今年で46年目になる超ロングシリーズです。

笠原将弘(以下、笠原):膨大な数が出てるから、何巻にどんな話が入っていたのか言えないくらいすごい。このシリーズに限らず、東海林先生が書く食べ物のエッセイが昔から好きで、中3くらいから読んでます。その頃の担任の先生が、自分が読んだ本を、読んでいいよって教室に置いてくれていて。たぶん、その先生も、東海林先生の本が好きだったんだろうね。読んでいるうちにはまって、自分でも買うようになっちゃって。この仕事に就いてから改めて読むと、東海林先生は天才だなと思います。

——46巻も続くわけですね。いざ読んでみると、気軽に読めるエッセイで。

笠原:そう、軽く読めるのがいいんですよ。休日の昼間なんかに、近所の蕎麦屋や街中華に行って、東海林先生の本を読みながらビールを飲む。これが一番しあわせな時間ですね。表現も独特で、格好つけず、自分を自虐的に描いているところがいい。たしか、1巻は『タコの丸かじり』だった気がするんだけど。

——おっしゃる通りです。当たっています。

笠原:なんか覚えてるんだよな…。自分で買ってたから。東海林先生の本は、来月いつ発売だとか、そこまで気張っちゃいけないんですよ。本屋に行ったら、たまたま新刊が出ていた…っていうのが嬉しい。子どもが読んでもちょっと馬鹿馬鹿しくて面白いから、中学生でもはまったんだろうね。

——東海林先生は「僕の商売道具はユーモア」とおっしゃっている方で。笠原さんもYouTubeなどでは冗談を交えていますね。

笠原:かなり影響を受けていて、俺の文章の書き方は東海林先生を真似しているところがあります。くだらない系で書く時は東海林先生、格好よく書きたい時は池波正太郎先生、ちょっと泣かせてやろうみたいな時は、伊集院静先生…という感じで。

酒の飲み方、バーでの振る舞い方。大人の流儀は本で学んだ

——中学生から本屋さんに…。今でも行くことはありますか?

笠原:今でも時間があれば、1日1回は行きますよ。

——そんなに…!

笠原:本屋が大好きなので。ちっちゃい頃から本が好きで、当時の子どもがみんなそうであったように、少年ジャンプも毎週読んでいたし。親父が本好きだったから、家にいっぱいあったんだよね。面白いぞって言われた本はちょっと難しくても読んでいたので、本は相当読んでるほうだと思います。

——食にまつわる本はやっぱり多いのでしょうか。

笠原:この仕事ですから。昔の本も好きで、江戸時代の料理にまつわる文献を古本屋で買ってくることもあります。ほかの人のレシピ本もいいなと思ったらすぐに買っちゃう。レシピ本マニアかもしれない。

——実際にレシピを試してみることも?

笠原:旨そうだなっていう料理は作ることもあるし、眺めてるだけで楽しい。レシピをパッと見ると、いつもの癖で、調味料の割合がわかっちゃって。あ、この先生はけっこう濃い味だなとか、分析をするのも楽しい。たまに「これは絶対ミスだな」っていうのもあります。この濃さじゃ死んじゃうわ、みたいなの。そういうのを発見するのも好き。

——その通りに作ったら大変な騒ぎですね(笑)。他にはどういった本がお好きですか?

笠原:池波正太郎先生の本なんかは、時代小説シリーズとか、礼儀作法のような話も好き。伊集院静先生の本も大好きで、「大人の流儀」のシリーズは全部持ってます。古いので言うと、山口瞳さんや伊丹十三さんのエッセイも。酒の飲み方とか、バーでの振る舞い方とかは、だいたいこういう本で学んだもんね。

散歩のとき何か食べたくなって
散歩のとき何か食べたくなって』(池波正太郎/新潮社)

——2冊目に挙げていただいたのは、池波正太郎先生の『散歩のとき何か食べたくなって』。偶然かもしれませんが、東海林先生も池波先生も、笠原さんと同じように東京で生まれ育ち、下町っぽい風景もたくさん綴られていますね。

笠原:たしかにそうだね。池波先生なんて、僕の実家があった武蔵小山のすぐ近所に住んでいて、だから余計に好きなんですよ。池波先生のお宅の前に俺の同級生の家があって、中学生の頃、その同級生を毎朝迎えに行ってたから。先生は猫をいっぱい飼っていて、猫の世話をしているのを何回か見てます。当時はそんなにすごい先生だとは知らないから、あの頃、握手してもらっておけばよかったな…。

——『散歩のとき何か食べたくなって』には名店がいくつも登場します。中には読者が知っているようなお店もあって。

笠原:資生堂パーラーとか、老舗の洋食屋さんとかね。今は閉店してしまった店もけっこうある。一時期、池波先生の行きつけの店を回るっていうのにはまった時期がありましたよ。この本とは違うかもしれないけど、蕎麦が有名な「神田まつや」とか、名古屋でうなぎが食べられる「宮鍵」とか。

シウマイ弁当を食べる時は作戦を立てる

お客さん物語
お客さん物語』(稲田俊輔/新潮社)

——3冊目に選んでいただいた稲田俊輔さんの『お客さん物語』は、人生の先輩方が書いた本とはまた違って、最近出た本です。

笠原:僕も最近買って、面白くて一気に読んじゃいました。最近読んだ中で一番面白かったなあ。稲田さんも料理人でね、昔からイベントみたいなところでちょこちょこすれ違っていて、気になる存在ではあったんです。共著の料理本で、稲田さんと俺が並んでいたこともあるし。でもなかなか会えなくて、この前の料理レシピ本大賞の授賞式で初めて話したの。俺のことも知ってくれてて、本に書いてもらったこともあるみたいで。

——授賞式は9月ごろ。本当に最近お会いされたんですね。

笠原:そう。それで急に興味が湧いて、本屋に行ったら平積みされてたから。文章が上手いなっていうのと、たぶん修行してきた時代が同じだから、ツボにはまるんだよね。いろんな場所でお客さんを観察してるんだけど、俺も他のお店に行くと、お客さんのことをすごい見ちゃうの。あ、隣のカップル喧嘩してるな…とか。

——「ジロジロ見るわけにはいかないので」…みたいな表現も独特で、ちょっと笑えるというか(笑)。

笠原:うん。文章の感じも上手だよね。ちょっと東海林先生っぽいのを入れたり、池波先生っぽいのを入れたり、絶対に意識してると思う。で、そこに、いまどきの稲田流の感じを入れたり、かと思えば、最近の人じゃわからないような難しい表現をわざと入れたり。この本を読んで飲食ってやっぱりいいなと思ったし、飲食業の人みんなに読んでほしいなと思いました。こういう本、俺も書きたいくらい(笑)。30年お店をやってきて、ネタはいくらでもあるから。

——「賛否両論」のお客さん物語、いいですね…。稲田さんも笠原さんと同じようにいろいろなお店に行っていて、食べ方にかなりこだわりがあるようで。

笠原:そこも面白かった。俺もそうだから。本当に似てる。

——たとえば、お店ではないですが、崎陽軒のシウマイ弁当は、おかずを食べる順番が一つ一つ決まっているとか。

笠原:僕もシウマイ弁当は作戦を立てますよ。ビールがあるかないかでも変わりますしね。前半はつまみとして、後半はご飯に合うものを残して…みたいな食べ方です。ふだんもそれをよく考えてるから、おかずとご飯をちょうどバランスよく食べ終わる。ご飯だけ余っちゃった…ってことがない。それは、子どもの頃からの自慢です。うちの長男なんてご飯だけ余らせてるから「ダッサー」って言いますよ(笑)。同時に食べ終わるのが格好いい。考えながら食べてる証拠だから。

笠原将弘さん

——小さい頃に三角食べは習いましたが…。考えながら食べる、ですか。

笠原:そもそも考えないで行動するのは好きじゃないんですよ。ちょっと脱線しますけど、俺は野球の野村克也監督が大好きで。野球をやってたわけじゃないけど、それまで根性論だった野球に理論を持ち込んだ人。昔の板前も、だいたい根性論だったんですよ。昔からこうしてるから、とか、翌日の注文がたくさん入ったら、とりあえず1時間早く来よう、とか、作戦を立てることがない。

 うちのスタッフにもよく言います。物を割るやつは大抵、物が割れそうな場所に置いてる。もしくは、割れそうな持ち方をしてる。そこには絶対に原因がある。よく観察すれば防げるし、その上で洞察力があれば、お客さんを喜ばせることができる。俺もカウンターでお客さんをすごく見てますからね。この人は左利きだとか、カップルで指輪をしているから夫婦だとか。観察力と洞察力と想像力。そういうのが弁当の食べ方にも当てはまるし、誰かを喜ばせることにも繋がると思うんですよね。

——考えながら食べる…。料理もそうでしょうか。近著『和食屋が教える、旨すぎる一汁一飯 汁とめし』でも、ここで出汁を取る、ここで煮込む、という工程の理由が見えると作りやすかったです。

笠原:そうですね。料理も考えながらすると、手際がよくなるし、美味しくなりますよ。何も考えてないと、あの順番で切ったほうがスムーズだった…とか、いろいろ反省があるじゃないですか。次回もそれを活かせば、どんどん上手になるだろうし。そういう話は子どもたちにも散々聞かせてきましたね。いまだに酒を飲むと、そういう話になります(笑)。

取材・文=吉田あき

笠原将弘(かさはらまさひろ)
東京・恵比寿の日本料理店「賛否両論」店主。1972年東京都生まれ。高校卒業後「正月屋吉兆」で9年間修業したのち、父の死をきっかけに武蔵小山にある実家の焼き鳥屋「とり将」を継ぐ。2004年に「賛否両論」を開業し、予約のとれない人気店として話題になる。2023年6月にはYouTube チャンネル「【賛否両論】笠原将弘の料理のほそ道」を開設。2023年11月現在のチャンネル登録者数は40万人を超える。

<第38回に続く>

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