吉本ユータヌキ「“死のう”と思いながら過ごした頃の気持ちを描いた」居場所に悩む人に寄り添う『あした死のうと思ってたのに』著者インタビュー【今月のバズったマンガ】

マンガ

公開日:2024/1/24

 今どき面白いマンガはSNSにあり! ということで、本連載ではSNSで話題になった面白いマンガをピックアップし紹介していきます。

提供:Minto編集部

 人間関係や日常生活につきものであるモヤモヤや違和感を、コミカルな愛らしい絵で表現した作品が人気の吉本ユータヌキさん。2023年12月に上梓した短編集『あした死のうと思ってたのに』(吉本ユータヌキ/扶桑社)には、吉本さんの新たなチャレンジともいえるべき作品が詰まっている。

あした死のうと思ってたのに


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 書き下ろしを含む7編の収録作のうち、特に注目したいのが表題作だ。「あした死のうと思って…」というショッキングなセリフから始まるこの作品は、ふたりの青年の交流を軸に展開していく。性格も環境も異なるふたりはそれぞれ“生きることの辛さ”に直面しているが、そんなふたりにとって共通の救いであり、絆の証でもあるのが“音楽”で――。

 日常の違和感からさらに踏み込んだ重いテーマを扱った本作には、生きづらさを感じる人にそっと寄り添う吉本さんの優しさが随所に感じられる。読者の反響も大きく、Xで発表した際には10万を超えるいいねを記録した。

 本作の制作秘話を中心に、吉本さんが漫画を通して伝えたい想いを伺った。

17歳の頃、死のうと思っていた

――表題作「あした死のうと思ってたのに」がどのように生まれたか、聞かせてください。

吉本ユータヌキさん(以降、吉本):2023年の6月にXで発表した作品なのですが、話のアイディアは何年も前から頭の中にありました。

 17歳の頃、いろんなことがうまくいかず「死のう」と思いながら過ごしていました。そんな中、バイト先の先輩が知らないインディーズバンドの音楽を教えてくれたことをきっかけに、パンクロックにはまったんです。それから週末のたびにタワレコにCDを買いに行くようになって…。楽しみができたことで生きてこられたと思っています。

あした死のうと思ってたのに

 生きることの苦しさや音楽に救われたことなど、あの頃の気持ちをいつか作品にできたらいいなとずっと考えていました。でも、読者の方が自分の漫画に期待しているのは「楽しさ」や「面白さ」だと思っていたので、暗いテーマは合わないだろうと思って寝かせていました。

――何がきっかけで心境が変化したのですか?

吉本:子どもや家族との出来事を中心にしたエッセイ漫画を10年近く描いてきたのですが、子どもが成長してきた中で、本人が知らないところで子どもの漫画を描いていることに後ろめたさを感じるようになったんです。そこで、自分はこれから何のために漫画を描いていくんだろう? と考えるようになりました。

 創作漫画には3年前ぐらいから挑戦し始めていたんですけど、ずっと自信が持てなくて…。それでも楽しくもあったので中々諦めきれず、「どう思われるかを気にせず、自分の描きたいものを描いてみよう」と最後の悪あがきの心持ちで描いたのがこの作品です。

――ご自身としては、“自分の描きたいもの”が理解されないんじゃないかという不安があったんですね。

吉本:そうなんですよ。SNSでは特に、伝わりやすく描くことや誤読されないように丁寧に描写することを重視していたので…。自分の描きたいように描いたものが必要とされるのか不安でしたが、投稿後に多くの反響をもらえたので嬉しかったです。

あした死のうと思ってたのに

心がけているのは「感情を断定しない」

――ふたりのメインキャラの交流を中心にお話が進みますが、読む人によって心が動かされるポイントや感想が変わる作品だと感じました。

吉本:あだち充先生の漫画が大好きなんですが、先生の漫画にもそういうところがあると思うんです。言葉ですべてを説明せず、読む人によってとらえ方が変わる。そういう漫画を作りたいとずっと思っていました。

 僕の漫画は「人が生きること」をテーマにしているので、同じ人でもその時々によって感じることが変わるような重層的な作品づくりを心がけています。できるだけキャラクターの感情を断定せず、感情や心を表すセリフを書きすぎないように意識しています。

――言葉による補足が少なくても、登場人物の心の動きにリアリティがあります。どうやって登場人物を作り上げているのですか?

吉本:自分にない性格のキャラクターをリアルに描くことができなくて…。なので、作品に出てくるキャラは自分が持つ要素を持ったキャラばかりです。とはいえ独りよがりにならないように、自分と自分の会話劇のように考えながら作っていますね。

「そこにいるだけでいいんだよ」

――ほかの収録作についてもお伺いさせてください。「ただそこにいただけで」では、捨て猫のププと孤独な少年、そしてププを見守る犬のやり取りを中心にお話が進みます。どのようにしてこのストーリーを作ったのですか?

吉本:2023年2月に出た書籍『気にしすぎな人クラブへようこそ』(コルク)を一緒に作った公認心理師・プロコーチの中山陽平さんと話した時に、「人って、ただそこにいるだけでいいよね」という話が出たんです。

気にしすぎな人クラブへようこそ

 自身もちょうど、子どもに対してそういう風に感じることが増えていたタイミングでした。子どもに何かしてほしいとかもなく、子どもが「パパ嫌い」と言ったとしても自分は好きだからいいかと思う。そんな気持ちを作品にしたいなと思ってました。

 その頃、たまたま星野源さんの「灯台」という曲に出会って…。その歌詞から、自分は「そこにいるだけでいい」というメッセージを受け取りました。「あした死のうと思ってたのに」の発表を通じて、自分のために書いたものが誰かのためになったという経験もして、「ただいるだけでいいんだよ」ということを伝えたくて作ったのが「ただそこにいただけで」です。

――そのメッセージを伝えるためのストーリーとして、主役に捨て猫を選んだのはなぜですか?

吉本:初めは人間をメインキャラにしようと考えてたんです。でも、実際に猫を拾って育てていたことがあって、いずれ猫のことを描きたいとは思っていました。ただ、猫ネタは人気なので「あざとい」と勝手に思っていて(笑)。あざとくても描きたいものを描きたいと思えるようになったタイミングだったので、自然とププを主役にした話が生まれました。

気にしすぎな人クラブへようこそ

――ほか3編にくわえ、表題作の続編である書き下ろしも収録されています。収録作7編のうち、特に印象に残っている作品はありますか?

吉本:やっぱり表題作ですね。自分の中でいろんなものが変わるきっかけでした。この作品を最後に創作漫画を描くことを諦めようとしてたので、いろんな人が読んでくれて感想をもらえたことで、「創作を描いててもいいんだな」って思えるようになりました。この出来事がなければ、「ただそこにいるだけで」や「心の傷は」など以降の作品も生まれなかったので、自分にとって特別な作品です。

――今後の展望も教えてください。漫画でやってみたいジャンルやチャレンジしたいテーマはありますか?

吉本:実は、絵を描くこと自体にそれほどこだわりがないんです。自分が伝えたいことを核に、楽しみながら何かを感じてもらえる形に仕上げられたらいいなと思っています。漫画でなくても、例えばドラマなどの映像になってくれたら嬉しいし、漫画の原作者として活動してみたい気持ちもあります。

しんどいことを言えない人に届けたい

――最後に、本作をどんな方に届けたいと思っていますか?

吉本:26~27歳ごろに音楽活動を辞めた時、「自分はこれから何のために生きていくんだろう」と突然社会に放り出されたような不安を感じ、そんな悩みを抱えていることを誰にも話せなかったんです。

 悩んでる自分を見られるのが恥ずかしいとか、情けない奴だって思われるんじゃないかっていう不安があって、誰にも相談できなくて孤独でした。そんな時、たまたま書店で手に取った『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)という本を読んで、もうちょっと頑張ってみようと思えるようになったんです。

 本を読むことを楽しみに生きていたあの頃の自分のように、しんどいことや苦しいことを誰にも言えない人がこの作品に出会って、「自分みたいに悩んでる人が他にもいるんだな」と少し心が楽になったり、「なんか寂しいからちょっと読みたいな」とか「近くに作品があるだけでちょっと安心できるな」みたいに感じてもらえたら本当に嬉しいです。

文=Minto編集部 七倉 夏

吉本ユータヌキさん

吉本ユータヌキ

1986年、大阪生まれ大阪育ち。著書に『おもち日和』など。「ただそこにいただけで」に登場するププのスピンオフ「#まるねこププ」シリーズをXで更新中。

X:@horahareta13(https://twitter.com/horahareta13

<第10回に続く>

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