「マゾヒズムと自立は両立するか? それが私の人生のテーマだった」深志美由紀インタビュー【官能小説家という生き方】

文芸・カルチャー

更新日:2019/5/24

「んっ!」

「ははは、変な声」

 かあと顔が熱くなる。

 カチリとスイッチが入れられて、激しい刺激が膣内を襲った。秘められた場所の一番奥の奥、子宮の入り口近くを硬いものが暴力的に掻き回す。バイブの舌がクリトリスを捉え、わたしは無意識に強すぎる刺激から逃れようと身を捩る。縛られた両手が軋んだ。唇を噛んでも殺しきれない吐息が、胸の奥から湧いてくる。

 鏡の奥のわたしは全裸で、胸を強調するように荒縄で縛られ、足をM字に開かされている。

(深志美由紀著『花鳥籠』より)

 マゾヒズムな性嗜好をもつ人妻はある日チャットで、“S”という男性と出会う。旦那に申し訳ないと思いながら、Sや料理教室の少年・シュウとのSMプレイに堕ちていく彼女を待っていたのは、自分でも想像していなかった人生の選択だった――。

 どこかミステリアスな「官能小説家の生態」に迫る連載企画、第1回は、『花鳥籠』(イースト・プレス)で2010年の第1回団鬼六賞優秀作を受賞した官能小説家・深志美由紀(みゆき・みゆき)さん。

『花鳥籠』(イースト・プレス)

 マゾヒズムな性嗜好をもつ彼女は「性的には支配されるのが快楽」だが「日常生活では自立したい」と欲望し、その両立に葛藤してきた。そして、それは作品の表現としても顕著に現れることになる。

「マゾヒズムと自立は両立するか?」

 彼女が最終的に出した答え、そして『花鳥籠』をはじめとした作品群が担うメッセージとは。

■2週間で書いた作品で団鬼六賞優秀作を受賞

――深志先生は、団鬼六賞の受賞を機に官能小説家としてデビューされたんですよね。官能小説の執筆自体はいつからされていたんですか。

深志美由紀(以下、深志):これだけしっかりと長いものを書いたのは、実は『花鳥籠』が初めてなんですよ。というのも、もともとは漫画家志望で。高校を卒業してからキャバクラ勤めをしていたときは、自分で描いた漫画を出版社に持ち込みをしたりしていました。今はないですが、太田出版の『エロティクス・エフ』とか。

――表現方法は違えども、当時からエロティックな方向性は変わっていなかったんですね。漫画家から小説家への転向はどのような経緯で?

深志:なんども漫画を持ち込みながら、自分はデビューが難しそうだなというのは感じていて。もともと幼い頃から小説ばかり読んでいたので、「じゃあ、小説を書いてみようかな」と。

 そこで当時募集していた集英社コバルトノベル大賞に『あなたはあたしを解き放つ』という作品を応募したら、佳作を受賞したんですね。とんとん拍子にデビューが決まりました。

――ライトノベル作家としてデビューされたんですね。

深志:ただ、それも鳴かず飛ばずで……。それまでずっと漫画を描いてきた私は、小説の修行期間がなかったんですね。次を書こうと思ってもなかなか書けない。

 それどころか、私が書きたい小説って、女子高生が学校の先生にお金をもらってセックスをする話とか、そういうものだったんですね。そもそも書く場所を完全に間違えていたんですよ。

――なるほど。

深志:当時は結婚もしていたので、小説を書くのはもういいかな、って。ただ、ちょうどその時代って2010年頃ですから、携帯小説が流行り始めていた頃なんですね。いろんなジャンルの掲示板があったんですけど、そこに官能小説サイトもけっこう多くあった。

――ああ、確かに、当時私もけっこう無料サイトで読んでいた覚えがあります。プロ・アマ問わず誰でも書けるんですよね。

深志:そうなんですよ。読んでみたら、これなら私も書けそう、と思って。お金はいらないから、とにかく書いてみたかったんですね。

 もともと自分が書きたいものと合っている気もした。そしたら、ものすごい反響があったんです。1日延べ1万人とか。書くたびに、「応援しています」とか「続きが楽しみです」とか、そういうコメントが山ほど入ってくる。

――それは書きがいがありますね。

深志:そう、これは楽しい、と思って。しばらくは無料携帯小説サイトで書いていました。

――プロになろうと思ったのはいつ頃ですか。

深志:夫が浮気をしていたことを知ったときですね。これは離婚をするかもしれないから、手に職をつけておこうと思ったときに「もう一度小説を頑張ってみようかな」と。

 夫が売れないバンドマンだったので、「お前と違って私はプロになれるんだぞ」というのを見せつけてやりたかった気持ちもあります。ノートを買って、プロットを考えていたときに、ちょうど「団鬼六賞」の情報が入ってきた。締め切りまであと2週間だったんですけど、これだ、と思って。

――え、『花鳥籠』って、2週間で書き上げたんですか。

深志:当時は夫を養うために昼夜働いていたし、家事も変わらずやりながら、意地で200枚書き上げましたね。プロになったあともしばらくは離婚をしていなかったんですけど、彼は根っからのクズだったので「俺のおかげでプロになれてよかったね」って何度も言ってきましたね。

――かなり衝動的に執筆を始めたんですね。作品はどのような着想から作り上げたんですか。

深志:実は当時の夫は2人目で、駆け落ちをして結婚したんですね。私の父親は1人目の夫に仕事をもらったりしていたので、相手方だけではなくて自分の家族とも縁を切る覚悟で駆け落ちをしたんです。

 そのときの自分の感覚が、すごくマゾヒズム的な快楽に近いな、というのは当時から感じていて。戻れないところに自分で踏み出す怖さ。そういうシーンを描きたいと思って『花鳥籠』を考えました。

■自分の性嗜好に『限りなく透明に近いブルー』で気づいた

――深志先生の作品を語る上で「マゾヒズム」というキーワードは避けては通れないと思うのですが、これは先生ご自身の性嗜好でもあるんですよね。

深志:そうですね。

――ご自身の性嗜好を自覚した瞬間など、具体的に覚えていますか。

深志:幼い頃からエロティックな作品が好きで、色々と読んでいたんですけど、もっとも衝撃を受けて「これだ!」と思ったのは、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』を読んだときですね。中学1、2年の頃だったと思います。延々と外国人との乱交シーンが続く。読みながら「これは抜けるぞ」って。

――中学生が村上龍の作品を読んでオナニーをしたんですね。

深志:オナニー自体は、幼稚園くらいの頃から自然とする習慣があったんですけどね、村上さんの作品に出合ってからは陵辱ものなどをめがけていろいろと買い集めるようになりました。かつてはエロ本を売っていたヴィレッジヴァンガードに通いつめたり。父親が自室のベッドマットの下に隠しているエロ本もよく読んでましたね。『漫画エロトピア』(KKベストセラーズ、ワニマガジン社)とか、そういう劇画調のやつです。

――幼い頃からエロへの感度がめちゃくちゃ高かったんですね。

深志:そうですね、そしたら気がついたらこういう、官能小説家という立場になっていた。

――ちなみに、マゾヒズムな性嗜好の先生がもつ「いいS」の定義ってありますか。たとえば『花鳥籠』には、チャットでいろんなSの人たちと出会うけどなかなか抜けない、みたいなシーンもありますよね。

深志:「こちらの予想を超えること」ですね。いいSって、すごくおもしろい人がいるんですよ。え、そんなことされちゃうの?みたいな驚きをいつも与えてくれる。だから私も尊敬してついていきたいと思える。

 私はよく女性向けSM風俗「Lotus」というお店を人におすすめしているのですが、その創業者の芙羽忍さんがすごくおもしろい方なんですね。彼女はSMの女王様でもあるんですけど、その人から聞いたプレイのひとつに「白ごまと黒ごまを混ぜたものを分けさせる」というのがあって。

――はい。

深志:あとちょっとでわけ終わるっていうときに、ざあああってひっくり返しちゃう。

――それは身体的にというか、精神的に苦痛なやつですね。

深志:あとは、家具にしてしまう、とか。部屋の家具として、電気をもたせて立たせておくんだけど、使わない。

――セックスというより、大喜利に近いですね。

深志:SMってけっこう、エンターテイメントなんですよ。まあ、そういうのは「抜ける」プレイではないので、官能小説では描かれにくいのですが。

■自立とマゾヒズムは両立するのか?

――先生の作品にはマゾヒズムの性嗜好をもった登場人物が多く描かれますが、その描写に少し気になるところがあります。『花鳥籠』や『ゆっくり 破って』(イースト・プレス)などに共通することなのですが、安定した家庭を投げ捨ててご主人様のもとへと逃げて行く姿を「鳥籠から逃げる」という表現をするんですよね。一般的には、「ご主人様の調教」から逃れることこそが「自由になる」ことなのでは、とずっと思っていて。

『ゆっくり 破って』(イースト・プレス)

深志:これは私が自分の人生において「マゾヒズムと自立は共存するのか?」というテーマを持っているからですね。

――マゾヒズムと自立ですか。

深志:私は昔からずっと、自立をしたいと思って生きてきたんですね。家族のもとを離れるために早く働いてお金を得たい。異性とデートをするときも、食事代やホテル代は割り勘の関係でありたい。

 そういう自立の精神はあるけれども、性的にはマゾである。支配されることに快楽を覚える。自分自身もそこに葛藤を感じることはあったし、世の中そういう性と日常の相反する欲望に折り合いがつけられない人って多いんじゃないかな、って思ったんですよ。

――なるほど。

深志:たとえば、性的にマゾだったら日常的にも虐げていい、と思う男性って多いんですね。でも、そうじゃないんだよ、ということを描きたかった。きちんと女性として自立した生活はありながらも、性的にはマゾヒズムである、それは間違いじゃないんだ、と。

 よく男性作家が描くSM小説って、牝奴隷になったら日常も奴隷として過ごすようなものが多いんです。それはファンタジーだから仕方がないんだけど、だったら女性作家の私がこういう作品を書くべきだろうな、という使命感はありました。

――それってすごくオーソドックスな話でいえば、「デートもセックスも男性がリードすべきだ」みたいな固定観念にも通じる部分がありますよね。

深志:そうですね、そういうことで苦しんでいる人って、けっこう多いんじゃないかと思います。

――先ほど「牝奴隷」という言葉も出ましたが、世間一般においてこういうプレイって、眉をひそめられるものではあると思うんです。深志先生の作品では、牝奴隷を飼育していた教師が娘にバラされたり、結婚している身で牝奴隷になっていた主人公が事実を明かして離婚したり、SMプレイをしていた人たちが最終的にはその性嗜好を明かされる場面が多くありますが、それはやはり断罪的な意味合いは込められているのでしょうか。

深志:というよりは、そういう性嗜好的なことってバレてもそんなに大したことではないよ、って言いたいんですよね。

 特殊な性嗜好はバレたらおしまいだと思っている人がいるけど、けっきょくどんなセクシャルな問題が起きたとしても、日常って続いていく。『ゆっくり、破いて』などはまさにそういうテーマで描いています。

――あくまで深志先生の中では、性生活と日常生活はどちらも描くべきテーマなんですね。

深志:そうですね。多くの官能小説ではそれが描かれないから私が描かないと、というのも理由としてはあります。

 たとえば、ロリコンコンテンツが好きな人がいて、それじゃないと抜けない性嗜好なんだけど、別に誰かを傷つけて被害者を出しているわけではない。そういう人が、ただ性嗜好のためだけに人格を否定されるようなことはあってほしくないんです。

■コンテンツとしての官能と現実世界の問題とは別物

――私は陵辱ものが好きでよく読むのですが、それを好きな自分に対して「モラルがないのではないか」と感じて葛藤することがよくあります。

深志:陵辱ものや痴漢ものについては、あくまで「女性が何一つサービスをしなくても気持ちよくしてもらえる」コンテンツなんですよ。現実では、気持ちよくないセックスに感じているふりをしたり、彼氏に喜んでもらうために頑張って奉仕したり、そういう大変なことが陵辱もののようなファンタジーでは一切必要がない。嫌だ、と言っているだけで、自分の気持ちのいいところを触ってもらえる。ひたすらサービスを受けるだけでいい。

 それが女性向けの陵辱ものや痴漢もののコンテンツであって、それは現実のレイプや痴漢とはまったくの別物なんです。だから私は、そういうコンテンツが好きな人に対して、あなたは陵辱ものが好きでいいんだ、それは自分がサービスしたくない気持ちの表れでしかないから、と言いたいです。

――言われてみると、たしかにそうですね。こういう作品は好きだけど、それは決して「私を陵辱してほしい」とか「現実における陵辱も肯定だ」という意思表示にはならない。むしろ「大切に扱ってほしい」と思っています。ただ、それを表現することって難しくないですか。たとえばツイッターで陵辱ものの作品が好きです、と呟いていると、はたから見たらそういうプレイを肯定していることと判別がつきにくい。

深志:私は、そもそも誰かと喧嘩をしたくないので、棲み分けるようにしています。そういう作品を嫌いな人たちはもちろんいるので、彼らの気持ちを変えようとは思っていない。

 ただ、たとえば私は痴漢ものなども書きますが、同時に現実の痴漢事件については批判をします。批判をした上で「そういうことをしたいと思う人が、現実ではせずに満足できるような作品を書いているので、こちらでぜひ楽しんでください」とも伝えます。

 よく、痴漢ものを書いているのに痴漢を批判するなよ、と言われたこともありましたが、私はあくまでファンタジーとして描いているので。現実の痴漢が嫌だと思うことと、痴漢の作品を読んでオナニーをすることは別次元の話です。だから、痴漢ものが好きなあなたも、現実の痴漢には怒ってもいいんだよ、ということを私は自分の態度で証明していきたい。

――たとえば幼女ものなどが顕著だと思いますが、それを世に出すこと自体が助長させるのではないか、という批判もあると思います。

深志:もちろん、それは隠れるべきものであり、私たちはひっそりと生きていればいいんです。別に「認めろ」と大声をあげて街中を練り歩いているわけではない。ただ、その性嗜好をもつ人たちに対して「あなたの性嗜好は間違っている」なんてことは絶対に言いたくないんです。

 時々ロリコンの方に対して「現実で相手にしてもらえないから幼女にいくんだろ」的な言説を見ますが、果たして本当に全員がそうでしょうか。

 実際、私のマゾヒズムな性嗜好と同様に、彼らは自分たちの性嗜好はもう仕方のないものなんです。サディズムな性嗜好がある人も、女を殴らないと勃起ができないのだけど、愛するパートナーにそんなことはできないからといってセックスレスになっている人もいます。その性嗜好については自分じゃどうしようもないし、治せるものなら治したいと思っている人だっていると思います。

――性質として変えられない部分を否定するというのは、残酷なことですね。

深志:なので、他者の性嗜好自体を否定する方々に対しては「あなたはまともに生まれて、通常の恋愛ができる性嗜好をもっていて、本当によかったですね」と思います。

 特殊な性嗜好をもった人たちにはその人たちなりの葛藤や悲しみがあるはずで、世間に出してはいけないものだと思いながらそういうコンテンツを楽しんでいる人もいる。そういう人たちが存在すること自体は許してほしいな、と。

――その許しを与える一端として官能小説も存在していると考えられるのですね。

深志:そうですね。最近は市場も縮小しているし、コンプライアンス的に書ける場所も減っているのが官能小説という業界の現状ではあるのですが。ラノベではなく純粋な官能小説の市場では、読者も高齢化していて、最近は激しいセックスよりも「介護にきてくれた義理の嫁と恋が始まる」みたいな叙情的なものが増えていたりするんですよ。

 ただ、書ける場所は減りましたし、先細りもしていますが、インターネットがある限りは書くことは続けられるので。私たちのような人間は、地下に地下に潜りながら、ずっと書き続けていくとは思いますよ。

取材・文=園田もなか

【プロフィール】
深志美由紀
みゆき・みゆき●神奈川県出身。2001年、『あなたはあたしを解き放つ』にて、集英社コバルトノベル大賞佳作を受賞(深志いつき名義)。2010年、『花鳥籠』にて第1回団鬼六賞優秀作を受賞し、官能小説家としてデビューを果たす。本作は2013年に実写映画化もされ、話題作に。現在は、官能小説を中心にティーンズラブやホラー、マンガ原作など幅広い執筆活動に勤しんでいる。
深志美由紀さん公式HP