スティーヴン・キング「音楽室」で描く、背筋凍る“わけあり”夫婦の顛末/『短編画廊 絵から生まれた17の物語』①

文芸・カルチャー

2019/6/17

『短編画廊』本文より抜粋――“Cape Cod Morning”

スティーヴン・キング「音楽室」(訳:白石朗)

『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』などの作品で知られる作家、スティーヴン・キングによる「音楽室」は、背筋の凍るホラーストーリー。新聞を見ながらくつろぐ男と、ピアノのキーを物憂げに押す女。視線を合わせることをしない男女の姿を、スティーヴン・キングは、とある “わけあり”の夫婦として描き出した。どこかギクシャクした会話と、時折クロゼットから聞こえる「どすん」という音。2人は一体何者なのか。短編なのにここまで魅せられてしまうとは。驚きの展開にゾクゾクさせられること間違いない作品。

『短編画廊』本文より抜粋――“Room In New York”

 エンダビー夫妻は自宅の音楽室にいた――ふたりは音楽室と呼びならわしていたが、実際には予備の寝室にすぎなかった。かつては夫妻も、いずれはこの部屋を小さなジェイムズ・エンダビーくんかジル・エンダビーちゃんの子供部屋にしてもいいと考えていたが、十年の努力をもってしても、愛らしい赤ちゃんが“いずこでもない”場所から姿をあらわして“ここ”へ到着することはなさそうだった。いまではふたりとも、子供がいないことに折り合いをつけていた。少なくともふたりには仕事がある。いまも失業者が無料の食糧配給の列にならぶご時世では撓倖(ぎょうこう)だろう。仕事が途切れた時期があったのは事実だが、仕事があればふたりともほかの考えごとをせずにすんだし、どちらもその状態が気にいっていた。

 いまエンダビー氏はニューヨーク・ジャーナル・アメリカン紙を読んでいた――創刊後まだ半年の新しい日刊新聞だ。タブロイド新聞めいたところもあれば、そうでないところもあった。ふだんは連載のコミックスから読みはじめるのだが、ふたりが仕事をしている期間は、まず市内ニュースのページをひらいて、掲載記事にざっと目を通すのがつねだった――なかでも警察発表の事件記録簿コーナーに。

 エンダビー夫人は、両親から結婚祝いの品として贈られたピアノの前にすわっていた。おりおりに鍵盤を指で撫でてはいたが、押すことはなかった。今夜、音楽室に流れている音楽は、ひらいた窓から流れこんでくる夜の三番街を走る車輌群の交響楽だけだ。三番街、三階の部屋。しっかりしたブラウンストーンづくりの建物にある高級アパートメント。上下の階の住人たちの声や物音はめったにきこえず、エンダビー夫妻の声や物音が隣人たちの耳にとどくこともめったになかった。願ってもないことだった。

 夫妻の背後にあるクロゼットから、一回だけ“どすん”という音がした。つづいてもう一回。エンダビー夫人は演奏をはじめるかのように鍵盤の上で手を広げたが、“どすん”という音がやんだので、手を膝へおろした。

「あいかわらず、われらが友人のジョージ・ティモンズの話はちらりとも出ていないね」エンダビー氏は新聞をがさがさいわせながらいった。

「オルバニー・ヘラルド紙も確かめてみるべきじゃないかしら」夫人はいった。「レキシントン街と六〇番ストリートの交差点にあるニューススタンドに行けば売っていると思うの」

「その必要はないな」エンダビー氏はいいながら、ようやく漫画欄をひらいた。「わたしにはジャーナル・アメリカン紙だけで充分だ。もしオルバニーでティモンズ氏の失踪届が出されたのなら、あちらで関心のある向きが捜索活動をすればいい」

「それもそうね、あなた」エンダビー夫人は答える。「あなたのことを信頼してるのよ」

 事実、夫人が氏を信頼しない理由はひとつもなかった。いままでの仕事は、いずれもとどこおりなく進んだ。そしてティモンズ氏はこの家の特別に補強されたクロゼットに迎える六人めの客人だった。

 エンダビー氏がふくみ笑いを洩らした。「カッツェンジャマー・キッズはいつもどおりの調子だね。今回ふたりの男の子たちは、キャプテンが違法な漁をしている現場を見つけてる――よりにもよって大砲で魚とりの網を撃ちだしてたよ。じつに笑えるね。読んであげようか?」

 エンダビー夫人がこれに答えるよりも先に、クロゼットからまた“どすん”という音がして、さらには叫び声かもしれないかすかな物音もきこえた。