藤本さきこの本喰族!! 詰まっているのはこの世の本質の「愛」 『水平線の向こうから』堂園晴彦 /連載第8回

文芸・カルチャー

2019/9/8

 私にとって本は、食べて吸収し細胞にするもの。

 食べることと同じくらいを作っていく。

 食物が肉体のエネルギーを作るなら、書物は魂のエネルギーをつくる。

 ひとつだけ違うことは、魂には「お腹いっぱい」という感覚がないこと。

 お腹いっぱいにするために読むのではないのだ。

 この連載「本喰族」では、読んだ本の中から頭に残っている「言葉」から次の本をリレー形式で検索し、魂がピンときた本をどんどん喰っていきたいと思います♡

『水平線の向こうから』堂園晴彦

 幼い娘と、病気で死んでゆくお母さんの短い物語。

 ホスピスケアを中心に最前線で活動する現役の医師が、治癒の見込みのない1500人以上の患者を看取ってきた経験から、「死とは何か」「生きることとは何か」を絵本にしたもの。

 死期を悟ったお母さんは、幼い藍ちゃんと「死ぬことについて」話し合い、練習をする。

 お母さんが死ぬまで、毎日練習した。お母さんが見えなくなっても、心の電話でお話をしたり、心の目で向日葵(ひまわり)やお月さまやお星さまにお母さんを見たりする練習。

 お母さんが死んでしまってからの藍ちゃんは、心の電話をお母さんに繋ぐこともできず、心の目でもお母さんがどこにも見えず、塞ぎ込んでしまう……。

 けれど、お母さんは言っていた。

 「水平線の向こうに行くお船は、沈んだわけじゃなく、見えなくなるだけ」

 「死んでいくのも同じよ。いなくなるのではなくて、見えなくなるだけなの」

 藍ちゃんは一年後、海、お日さま、風、すべてにお母さんの声を聞き、お母さんを見るようになる。

 カバーや本文の中の絵は、童話『地雷ではなく花をください』(柳瀬房子著)で有名な、葉祥明さんが描いている。とても素敵な絵で、最後のお日さまが雲から顔を出し、海に映って黄金一色になるところなんかは、「死ぬことって、本当に素敵なことなのかもしれない」と思えてしまう。

 あとがきに、葉祥明さんの言葉があった。

「死というできごとは、魂が肉体から解き放たれて、別次元に移る時に起こる際の現象にほかなりません。したがって、死は消滅ではなく、魂そのものは存在し続けるということを多くの人が知れば、死に対する見方も感じ方も、全然違ったものになるはずです」

 「死」という、例外なく誰にでも平等に訪れる機会を、恐怖と苦痛に満ちたもの、とするのか、すべてと一体になれる素敵なもの、とするのかで、私たちの人生はまったく別物になると思う。

 我が家の幼い子どもたちに読んであげようと思い何度かチャレンジしているけれど、 いつも喉の奥が痛くなって、最後まで読めなくなる。悲しく辛いからではなく、この世の本質の「愛」がめいっぱい詰まっていて、とっても美しいから。

 もし、子どもたちと突然別れることがあっても、ぷっつりと切れてしまうように感じる悲しみの向こうに、 いつでも自分と繋がっているんだ、というこの世の愛を伝えたいと思う。

 ぜひ読んでみてほしい。

 次は、「電話」というキーワードで美味しそうな本を探します。

文=藤本さきこ

第9回に続く