藤本さきこの本喰族!! 神に、自分に、いつも大きく心を開いていたい。『喜びと出会うとっておきのおはなし』ギュンタ・ケルクマン /連載第12回

文芸・カルチャー

2020/2/19

 私にとって本は、食べて吸収し細胞にするもの。

 食べることと同じくらいを作っていく。

 食物が肉体のエネルギーを作るなら、書物は魂のエネルギーをつくる。

 ひとつだけ違うことは、魂には「お腹いっぱい」という感覚がないこと。

 お腹いっぱいにするために読むのではないのだ。

 この連載「本喰族」では、読んだ本の中から頭に残っている「言葉」から次の本をリレー形式で検索し、魂がピンときた本をどんどん喰っていきたいと思います♡

『喜びと出会うとっておきのおはなし』ギュンタ・ケルクマン

「黙想」というキーワードで見つけたイエズス会の神父様の著作。

 ケルクマン神父はドイツで生まれ、日本に44年間暮らした。神戸の中学校、高校で教職についたり、修道院で院長を務めたりするなど、半分日本人と言ってもいいほど日本に深い愛情を注ぎ、イエスへの信仰を伝えてくれた。

 ケルクマン神父が生前、「カトリック生活」誌に寄せていたエッセイを1冊にまとめたもので、聖書をもとにとても易しくわかりやすく、素直に受け取れるような言葉で、「イエスの愛」について書かれている。

 修道院に入って最初に習うことは「沈黙」なのだそう。「黙想の家」という場所で、一言も話さずに過ごすのだ。

 (P133より抜粋)

「修道者が沈黙と静寂を大切にするのは、それが心を静め、祈りに集中するために欠かせないものだからです。神と向き合い、神の声を聞き、神から頂いている恵を味わうこと。自分自 身を振り返り、自分の心の深い部分を見つめること。それらは、沈黙と静寂の中でしか行うことができません」

 私はこの一文を読んで、以前、海外に旅に出た時に痛感したことがあった。

 それは沈黙することの大切さだ。どんなにパワースポットと呼ばれる場所に行っても、どんなに有名な神社に行っても、喋ったり騒いだりしているうちは、感じ取ることができない。感じ取れなければ、それについて想いを巡らすこともできない。祈ることもできない。

 (P135より抜粋)

「沈黙や静寂というのは、真の美しさや尊さ、すばらしさ、ありがたさなど、大事なものに気づかせてくれる尊い時間なのです」

 私はどこにいても、どこへ行っても、しっかり感じ取りたい。

 自分が内側で感じ取ったものをしっかりと見つめるまでは、他人のことも見つめることができないだろう。ケルクマン神父が言うよう に、私たちにとって大切なことは、上手に話すことや難しい知識を入れることではなく、神に向かって心を大きく開くこと。沈黙し、自分自身の内側に、心を開いてちゃんと感じさせてあげること。

 そのために、1日15分でも「何もしない時間」を取ることを神父は薦めている。

 私たちは、夜眠る間際まで、何かしらやっていることが多い。

 今日1日、どんなことがあったか。

 私は何を感じたか。

 それについてどう思うか。

 そして何を祈るか。

 神に、自分に、いつも大きく心を開いていたい。

 ケルクマン神父がとっても優しく素敵な方だったので、次は「神父」と言うキーワードで美味しそうな本を探します!

文=藤本さきこ

第13回に続く