もうすぐ死ぬことになったので、日記をつけることにした/『2409回目の初恋』①
公開日:2020/5/7
榊詩音は11歳の頃、天文クラブのイベントで一緒に星空を見た男の子、芹沢周に恋をした。高校生になり周と再会した時、彼女は病気で余命1年と宣告されていた。ここからふたりの、千年を重ねる物語が始まる――。
『2409』
「――こうやって話をすることに、きっと意味なんてないんだと思う。
自分勝手な独白に過ぎないことは、よくわかってるんだ。
もし君が起きていて、この声が届いたとしても、きっと信じてはもらえないだろうけど。
でも、どうしても伝えたくて、謝りたくて、こうやって話をしてる。
振り返ればとても長い道のりで、その間僕は、君を追い詰め、苦しめ続けた。
始まりは、ずいぶん昔。でも、はっきり覚えてる。
夕暮れのホームで、顔を赤くしてうなずく君の横顔も。
お互いの共通点を見つけて、一緒だね、と笑う、柔らかな表情も。
見上げた、街中のまばらな星空も。
天の川は、ここからじゃ見えないね、と呟く声の、本当に悲しそうな響きも。
そういった小さなことのひとつひとつが、僕には本当に大切で――。
数千年の月日が経った今でも、はっきりと覚えてる」
『2』
▼6月12日
もうすぐ死ぬことになったので、日記をつけることにした。
したんだけど……書くことが見つからない。
書く前は、あれを書こう、これを書こうと思っていたのに、何も思いつかない。
日記って意外と、書こうとすると難しい。
これを毎日書ける人ってすごいなって思う。
まずは、自分のことを書いたらいいのかな。
榊詩音、十六歳。女。高校一年生。見た目は、まあ普通。でも少しだけ、鏡で確認する自分の顔が、角度によっては、かわいく見えないことはないと思ってる。これは、誰にも言ってないけど。
マンションに家族三人暮らし。お母さんは一戸建ての素敵な物件を買えるチャンスがあったのにと、いまだに時々お父さんに愚痴を言ってるけど、でも私はこれはこれでいいと思う。地面からほんの少しだけ離れてる分、窓から見える空が少し近くなったような気がするし、けして絶景ではないけれど、遠くまで景色が見通せるのは気分がいいし。
いや、どうでもいいかな、そんなこと。
困った。もう書くことがなくなった。
文章は苦手で、何を書いていいのか、少し、いやいや、かなり困ってる。普段から本とか読んでればすいすい書けるのかもしれないけど、もうずいぶん読んでないし、国語は昔から苦手だったし、友達とのLINEで何か書くのだって、ほんと言うといつも迷うし。
「なんかかたっ苦しいよね、詩音のメッセージって」
なんて言われるくらいには、それはもう苦手で。皆すらすら書けてすごいなって思う。
でも、そんなに伝えたいことってあるのかな。
皆だって、心の底の底のほうじゃ、同じように思ってるんじゃないかな。
そんな、とにかく文章を書くのが苦手っていう話を、日記を勧めてくれたお医者さんに言ったら、思いついたことをそのまま書いていいって言われたから、とりあえず、やってみてるところ。
三日やって、合わなかったらやめていいから、だって。
そういうことが必要になるかもしれないからって。
ほんとかよ、とは思うんだけど、先生があんまり熱心に言って、お母さんがそれを真に受けて、書いてみたら? と心配そうに言って、なんだったら日記用のパソコン買うなんて、必死で言うもんだから。
慌てて、いいよノートとペンでやるから、なんて話をして、そんなこんなで、日記を書く流れになっちゃったんだ。
正直、ちょっとめんどくさい。
だって、本当に、近いうちに死ぬんだとしたらだよ? どうせ死ぬのに、それまでの間、どう生きるか、とか関係ないんじゃないかなって思うじゃない。
でも、それで少しでも、なんというか……なんていうんだろう、そう、それで少しは、本当に、今のもやもやした気持ちが、ちょっとだけでも整理できるなら、試しに書いてみようって思う。
まあ今は、時間だけはびっくりするほどあるしね。
とりあえず検査入院が終わって、退院。自宅療養中で、本当にもう、時間だけあり余ってる。
あと少ししか生きられないって宣告されたおかげで、今すごい暇で、そういうの、なんだか不思議。笑える。
あ、でもすごい、意外と書けてる! こんなに長い文章を書いたの、初めてかも! しゃべってるみたいにして書けば意外と書けるもんだね! すごいすごい! こういう書き方、読書感想文とか作文の時間に発見できてればなー。
これ、私、才能あるんじゃないかな? 『もうすぐ死ぬ予定の女子高生だけど日記書いてみた』とか言ってネットで公開したらさ、なんかすっごく人気出そう! まあ、やらないけども。